というわけで,やってきたのは住宅街の中の家。
「…ここか」
藤堂と掘られた表札が壁に埋め込まれている。
標準的な2階建てで,玄関の右側にガレージがある。左にはちょっとした庭。決して大きくないが,手入れがしっかり行き届いている。
聖志は呼び出しを押す。
しばらくすると,玄関のドアが横に開く。
「…あれ? 何でこっちの家知ってるの?」
少し疑いの眼差しで彼女が言った。
「ちょっと訳ありで」
「ふーん。…なんか用なの?」
不機嫌そうに彼女が言う。
「ああ。ちょっとそこまで来て欲しい」
「そこって…」
彼女は聖志が指さした先を見る。
「警察? どうして?」
「少し見て貰いたい人がいる」
「…誰なの?」
どうも彼女は乗り気ではないようだ。玄関から動こうとしない。
「実は,君の兄だという人物がいる」
「…」
「しかし,どうも正体がはっきりしないから親族である君に見て貰うのが一番早い」
「…あたしじゃないといけないの?」
「ああ」
彼女は仕方ないという感じでため息を吐き,一旦家に引っ込み,鍵を持ってきた。
玄関の鍵を閉めると,彼女は無言で先に歩き出した。取りあえず警察に来てくれるようだ。聖志も後を追う。
「…機嫌が悪いのか?」
聖志は彼女の横で尋ねた。
「…悪いわよ,すっごく」
彼女はこちらを向かずに言った。
「何で?」
「あんたには関係ないわよ」
普通にしてれば美人の顔を無理に歪めてそう言った。
「…ま,そうだけど。話せばすっきりするかも知れない」
聖志はそう返して彼女の顔をじっと見ながら歩く。
「……何よ,話して欲しいの?」
「ああ」
その返答に,彼女はしばらく黙っていたが,
「…あたし,一人暮らししてたこと,知ってるわよね」
「ああ」
「じゃ,何で今実家にいるの?」
「…その質問を俺にされても困るが…自分で戻ったんじゃないのか?」
「戻るわけないでしょ! 何であたしがあんなのと一緒に暮らしたがるの!?」
いきなりぶちまけてきた。
「…つまり…連れ戻されたが,その理由が分からないと」
「そうよ! 訳ぐらい話してくれてもいいと思わない?」
「連れ戻したのは,お父さんだったんだな」
「お父さんだなんて言わないで。あんなのただのおっさんで十分よ」
聖志は自分より少し背の低い彼女が,今ではどう猛な猛獣に映っている。
「…お母さんに聞いてみれば?」
「お母さんは今いないし…多分お母さんが連れ戻そうとしたんじゃないと思う」
要するに父親の勝手な意志で一人暮らしを阻害されていると,彼女の心境はこのようなところだろう。
───そう言えば…。
この前ストーカーの依頼を受けたとき,父親はストーカーがいることを知っているというようなことを言っていた。
───中槻を雇ったのは秋山のはずだが…。
「…話は変わるが…」
「何?」
「この前の依頼のことだけど…確か,お父さんがストーカーのことを知ってるって言ってたな」
「……言ったけど?」
「本当に知ってたのか?」
「…はっきり聞いてないから何とも言えないけど」
彼女の歯切れが悪くなる。
「どうして,その情報を手に入れたんだ?」
その情報とは父親がストーカー,つまり中槻の存在を知っていた,という情報である。
「あのマンションに電話が掛かってきた」
「…なるほど」
つまり,父が直接彼女に言ったのだ。
「でも,留守電だったけど」
「それはいつだ?」
「あの依頼をした2日前。帰ったら入ってた」
依頼を受ける2日前だから,8月21日である。そのとき聖志はまだ病院から退院していなかった。ちょうど彼女がこの一件に巻き込まれた次の日に聖志の元を訪れた日でもある。
───彼女の父親を調べる必要がありそうだ。