「では,連行します。西原さんも後から来て下さい」
「OK」
聖志は秋本を刑事に任せると,美沙に言った。
「ちょっとさっきのナイフを見せてくれ」
「…これ?」
彼女はおそるおそる聖志に手渡した。これからどういう処分になるのか,それに怯えているように見える。
聖志はナイフの刃が光に反射したとき,明らかに違和感を感じた。
「…これは,自分で買ったんじゃないんだな」
「うん…彼に机においてあった」
もちろん中槻のことである。
───奴も頭が回るな。
あらかじめ彼女の行動を予想していたのだろう。彼女が余計なものを持ち出さないように,これを目立つところに置いておいたのだ。しかし…。
「よくこれで秋本を脅したな」
半ば感心しながら言った。
「だって,包丁だって使えるし。同じ刃物じゃない」
「俺だったらその包丁を持ってくるな…」
ナイフの刃はプラスチックのおもちゃだ。しかし刃以外は本物をそのまま使っている。
───レミントンRH134[i]…渋いものを…。
「銃刀法違反にならなくてすんだな」
「…え?」
「美沙は被害者扱いになると思うから」
そう言うと聖志は彼女を車に乗せ,地下駐車場を後にした。
「今…警察官なの?」
高崎署に向かう途中,不意に隣の美沙が言った。
「ま,正確にはそうじゃないけど,似たようなものかな」
「そうなの…」
あの頃から聖志以外には言葉数が少なく,風貌を対象外とすると大人しい部類に入る奴だったが,それがさらに進行し,しおらしくなった感じだ。髪の色もブラウンになっている。
「みんなは元気?」
「ああ。みんな相変わらずだな」
聖志と石津美沙子は同じ中学出身だ。中学の頃に一緒にいた友人には舞,飛島,森安がいる。しかし一番交流の深かったのは聖志だった。
「連絡は取ってないのか?」
彼女は首を横に振る。
「あたしだけ,中2の時に抜けてから全然」
「…そうか」
聖志の頭に残っている彼女は金髪のショートカットで,鋭い目つきをしていた中学2年で止まっていた。彼女がどうして辞めたのか,あの後のことについては全く知らない。
「…今は何をしてる?」
「バイトしながら美術高専に行ってる。…画家を目指してる」
そのとき,彼女に微笑みが浮かんだ。
「あの言葉を信じてきたの。聖志が言った言葉」
───お前,画家になれる。
それは聖志が中学の時,初めて彼女に言った言葉である。
「役に立てて嬉しいな。是非ともその夢を叶えてくれ」
「うん。そのつもり。…聖志はどうして,この仕事を?」
「…そんなことは考えたこともなかったが…強いて言えば,生活資金の調達だな」
「ふーん」
彼女はそれ以上聞こうとしなかった。
「彼…警察にいるって本当なの?」
「…ああ。俺があの場所に行ったのも,彼に頼まれたからだ」
「彼を知ってるの?」
「知ってる。ある事件がキッカケで知り合った。それに,今は同じ学校の生徒だ」
「…中央学院だったっけ」
「ああ」
以前の事件の関係で中槻がこの学校へ転入してきた。転入とは表向きで,中央学院地下の遺跡が目当てだったようだが。
「…中槻とはいつから?」
「半年前から。絡まれてるところを助けられて…」
「へぇ,英雄だな」
中槻がそんなことをするのは信じがたいが,彼女が言うのだから疑っても仕方がない。
「聖志は…付き合ってる人はいるの?」
「こんな仕事をしてるからな…そんなことは出来ない」
「でも,彼はあんな仕事もして,あたしとも付き合ってるじゃない」
彼の本職はトレジャーハンティングだが,ここ最近は工作員紛いのこともしている。海外にも行く様子はないし,このまま日本で身を固める考えもあるのかも知れない。
「奴はそういうことが出来る自信があり,かつ実現しているだけ。俺にはそうする自信がない」
「…奴って…どうして?」
彼女には妙に聞こえたらしい。
「…ああ,そうか。以前に関わった事件で彼が色々とかき回してくれたんで…なぜか私情を挟んでしまう」
聖志はそう言いながら頭を掻く。それを見た彼女は少し笑い,
「そうだったの。彼も言ってたわ。厄介な奴に目を付けられたって」
「光栄だな。…付き合うまでは彼の職業は知らなかったんだろ?」
「うん…あたしと会うまでは南米に行ってたって」
中槻の情報は以前の事件でかなり調べたのでこの辺りのことは分かっている。当然彼女は中槻の趣味…基,仕事を理解しているのだろう。
「あれ…腕,怪我してるの?」
彼女は聖志の右腕を見て言った。
「ああ,ちょっと…な」
正直言うと全然ちょっとではないのだが,やられた相手が中槻でもあるのでそれ以上何も言わなかった。
そんな話をしていると,ようやく高崎署に到着した。