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───PM1:10。

聖志は自宅で昼食タイム。

手軽くインスタントのチャーハンを口に運びながら聖志はさっきの中槻の言葉を思い返した。

『彼女が殺られるのを防いでくれ。多分彼女はあの場所へ行くはずだ。俺が捕まったことを知っていればな』

彼女とは誰か,まずその疑問からである。しかしこのままでは全く何の情報もないので,中槻との繋がりを考えてみる。言うまでもなく,彼女は中槻の知り合いである。しかも,彼女と共有できる場所があることから,かなり深い付き合いをしているのだろう。そして,「彼女」と言っていることから,家族または親族の可能性は薄い。

───石津のことか…?

この条件に当てはまるのは,身近な存在で,かつ血縁でないこと。つまり,付き合っている女と解釈するのが一番簡単だ。実際に中槻には付き合っている奴がいる。それが石津美沙子である。

そして,その次に考えるのは「あの場所」である。中槻が「あの場所」と言って,石津が理解することが出来る場所であると同時に,聖志も理解できないと意味がない。よって中槻は,あの場所を聖志が知っていることを確信しているはずである。恐らく藤井が中槻を追跡したことが分かり,聖志に情報が回ったと考えたのだろう。ただ,追跡したのが藤井であるのは分かってないと思うが。そして何より,このメモに書かれているのが,その住所である。

───これで決まりだな。

さっき藤井から貰ったサテラシステム焼摩支社の地図を見て位置を確認すると,取りあえずそこまでのルートを確認しながら駐車場へ向かった。

車を転がすこと約35分。サテラシステム焼摩支社前に到着。関係者ではないが,取りあえず地下駐車場の一番奥へ車を入れる。

車を降り,エレベーターを探すため,駐車場の中を歩いて回る。大抵は壁などに矢印なんかがあるものだが…ない。

───ん?

一番隅のちょうど倉庫の前を通ったとき,中から人の声らしきものが聞こえた。

「どういうことなの!?」

「…仕方ないでしょ」

口調と声からして,どうやら女性同士の会話のようだ。しかも何やらもめているらしい。

聖志は鉄の扉を少し開けて中の様子を伺う。少し埃っぽい倉庫には段ボール箱が真ん中の通路を挟んで両端に山ほど積まれている。声はその山の向こう側から聞こえているので聖志の姿は声の主には見えていない。

「どうして警察に捕まったのよ!?」

「失敗したんじゃないの? 誰かに見つかったのよ」

「そんな…話が違うじゃない…!」

「話?」

責められている方は全く取り乱すことなく,落ち着いている。

「この仕事は全然危険じゃないって…。私が彼を紹介したとき,あなたが言ったんじゃない!」

「そうよ。全く危険性はなかった。でも,彼はミスをした。それだけよ」

彼女は冷たく言い放った。その声は全く人間味が感じられなかった。

「…一体どんな仕事だったのよ」

「彼から聞いてないの? …たった一人の人間を殺すことよ」

「……人殺しを頼んだの? 彼に?」

「ええ」

「彼を人殺しにするつもりだったの? 最初から!?」

彼女の方はかなり取り乱している。どうやら中槻がどんなことをして稼いでいるかは知らなかったようだ。

「あなた,彼と付き合ってるんでしょ? そんなことも知らなかったの? 彼はそうやって生計を立てているの」

彼女は鼻で笑いながら言った。

中槻はウラの世界では両手の指に入るほど有名である。もっとも,彼の口からはそんなことは一切言っていないだろうが。

「まあ,彼にとって付き合っている女を欺くなんていうのは,大したことじゃないんだろうけどね」

「何ですって…?」

「…それで,その仕事が成功してたら,予定通りかもう少し上乗せして契約金を払ったんだけど…本人が警察の牢獄の中じゃどうすることもできないわね」

彼女は挑発するように言った。それに反応するかのように,石津はスリムパンツの後ろポケットから銀色のナイフを取り出した。

「…それで,私を殺すの?」

「そうよ! 彼を警察送りにしたあなたをね!」

口調は荒いが,手はやはり震えている。

「誤解よ。警察に連行されたのは彼が仕事をミスしたからで,私はただ仕事を頼んだだけよ」

秋本はそう言いながら拳銃を取り出す。こちらは手慣れた手つきだ。

───トカレフTT−33[i]か?

「これで,正当防衛成立ね」

彼女は勝ち誇ったように言った。

聖志はすかさずグロックを抜き,

ガスッ!

「きゃ…!」

奇襲攻撃にトカレフは宙を舞った。

グロックを突きつける聖志を呆然と見ながら,秋本は呟いた。

「…君,確か…」

「銃刀法違反の現行犯だな,秋本千枝」

「どうして…!?」

「愚問だ。…中槻に藤堂霞織の暗殺を依頼したんだな?」

「…」

聖志は沈黙を肯定と受け取り,

「なぜ,彼女を殺す必要がある?」

「…」

彼女は,悔しさを堪えるように下唇を噛んでいる。

「そうか…続きは署で言うことになるだろう」

例によって聖志は発信器で警察と本部に連絡を取っておいた。間もなくパトカーのサイレンが地下駐車場に鳴り響いた。

「…あの,あたしは?」

「もちろん来て貰うさ,美沙」

聖志はあの頃と同じ呼び方をした。

 



[i] ブローニングのコピーとも言われる旧ソ連軍制式拳銃。現在日本でも,ある種の方々が愛用している。