───高崎警察署,刑事課。
まず最初に取り調べられたのはもちろん寺岡。しかし彼はなかなか真実を言おうとしないらしく,星野はおろか棚丘までもお手上げ状態である。
第2取調室では安藤が取り調べを開始された。彼は寺岡のようにはならず,すんなりと話しているらしい。ここから見る限りでは色々とと話しているようだ。それが真実かどうかは別問題として。
「今回も助けられたよ,君たちには」
刑事課長の池和刑事はデスクの上の資料を見ながらそう言った。
取りあえずはこの事件の尻尾がつかめたと言うところか。寺岡は銃刀法違反,脅迫罪等諸々の犯罪で逮捕状が出るだろう。
「ところで,もう怪我の方はいいのか?」
池和は聖志に問うた。
「…取りあえず動くよ」
「そうか…。棚丘から聞いていたが,無理は禁物だぞ」
「分かっています。…それより,ここに中槻なる人物が来てません?」
池和は首を傾げて,
「…中槻? 容疑が掛かってるのか?」
「昨日やり合いまして…多分右腕に銃弾が…」
「ああ,彼か。第4取調室だ」
少しばかり様子を見ようと,第4取調室に向かう。
ドアの窓から中を伺うと,確かに中槻本人がいた。向かい側に座っているのは長江刑事。こちら側に立っているのは内田刑事だ。たまに長江が机を叩いている様子からして中槻はほとんど口を割っていないようだ。ま,簡単に吐くようなら彼のような道を歩むのは不可能だ。しかし,3日もたてば何かを細工して話し出すだろう。今は刑事の様子を見て,各がどういう性格なのか,どういうところが特徴なのか,その辺りのことを頭の中で整理しているだろう。つまり,今長江刑事等のしていることはほとんど功を奏さない。それどころか,彼の性格をひけらかしていることになる。それほど彼の精神力は磨かれているだろう。
と,不意に後ろを見た内田と目が合う。彼は部屋を出てくる。
「いいところに来られましたね」
彼は少々疲れ顔で言う。
「…いいところ?」
「少し,頼まれてくれませんか…。あの様子では,長江がキレてしまいます」
内田は後ろを見やる。聞けば長江は昨日から中槻の担当に付かされ,幾度もあの席で彼に対して尋問しているのだそうだ。
聖志は思わぬチャンスに,
「だろうな…。分かった」
そういうわけで,さっきまで長江が座っていた席に聖志が腰を下ろした。聖志の要望により,二人には部屋を出て貰った。部屋には聖志と中槻が二人だけだ。
「…こういう形で再会するとは思わなかった」
聖志は改めて彼の顔を見る。様子を伺っていたさっきの顔とは明らかに違う。
「…俺もだ」
彼はふぅ,とため息を吐いた。
聖志にしてみれば複雑な気分だ。友人として接していた人物が,今は犯罪者側に立たされている。この図を望んだ訳ではないが,どこかに安堵している自分がいるのを感じた。
「お前,警察の人間だったんだな」
聖志はそれに答えず,
「で,本題だが…俺がお前に質問することは…,ズバリお前に彼女の暗殺を依頼した人物が誰かということだ」
「……そんなことか」
彼は端正な顔で少し笑い,
「察しが付いてるんだろ?」
「付いていなければ聞かないさ」
正直に言うと,確実に奴だという保証はない。藤井からの情報と,聖志の推論をまとめると答えらしき人物が浮かんできたという感じだ。
「なら,俺と奴の繋がりについて悩んでいるんだろうな」
「そうだ」
彼は手を頭の後ろで組み,
「…ただじゃ教えられないな,これは」
中槻は警察の中にいるにも関わらず取引をする構えだ。
「…何が望みだ?」
聖志が尋ねると,中槻は手を机の下に隠して何やら落とした。聖志は平然とした態度を保つ。
「彼女が殺られるのを防いでくれ。多分彼女はあの場所へ行くはずだ。俺が捕まったことを知っていればな」
「…分かった」
誰のことかは分からないが,中槻が保護を頼むほどの者だ。これを遂行して得はあれど損はないだろう。
聖志はそれを拾うと,内田,長江と入れ替わりに部屋を出た。
「何か収穫は?」
取調室を出ると,藤井が待っていた。
「…そこそこだな」
聖志は考えながら言った。
「取りあえず刑事課へ戻ろう」
「ああ」
と,刑事課へ戻ると見知らぬ婦人とその娘であろうか,高校生ぐらいの女が隅に設けられた応接に座っている。二人とも俯いておりその顔色を伺うことは出来ないが,こんなところに来るということは決していいことがあったわけではないだろう。
「…安藤さんの家族だそうだ」
藤井が横から耳打ちした。
───なるほど。
身元確認と家族への事情聴取で呼び出されたのだろう。だが,何か聖志は引っかかる感を覚えた。この事件とは無関係だが,何かこの名前に引っかかる点があった。
取りあえず奥の休憩室に控えたが,どうも気になる。
「どうぞ」
テーブルにお茶が出される。
「あ,ちょっと」
「はい?」
聖志はその婦警を呼び止めた。
「あの家族だけど…」
「安藤さんのこと?」
「そう。下の名前,分かります?」
「えーっと…安藤利恵さん…ですけど」
婦警は思い出すように言った。
「…そうか」
「どうかしたんですか?」
「いや…勘違いだろう」
「そうですか」
と言って,婦警は行きかけたが,
「ちなみに娘さんは,安藤由利さんですよ」
───安藤…由利? そうだ,確か美樹が言ってた。美樹の友人か。道理で…。
確か美樹の話では,安藤由利の父…つまり,今事情聴取されている安藤恒樹は内科医で,彼女の母親である安藤利恵は婦人警官であると聞いている。
「聖志,安藤さんが事情聴取を受けるぞ」
ドアを開けて,藤井がそう言った。
「分かった」
池和の配慮により,彼女らは来賓室で事情聴取することになった。
聖志は池和の許可を貰うと,
「藤井,聞いててくれないか?」
「…お前が聞いたほうがいいんじゃないのか?」
「実は,あの娘の方に俺の顔が割れてる」
「そういうことなら」
「じゃ,明日でいいから連絡くれ」
「OK」
聖志はそう頼むと高崎署を出て,自分の車で自宅まで戻った。