───同時刻,高崎市城田。
「棚丘,どうだ?」
彼は,車の運転席でじっとあの家の玄関を凝視していた彼に缶コーヒーを手渡す。
「あ,どうも。全く動きはありません」
車のハンドルにもたれて彼はそう言った。
彼等は昼間この辺りで寺岡を見たという証言を聞いてからずっとこの家をマークしているのだ。しかし,全く動く気配ははい。
今のところ張り込んでいるのは彼等2人だけである。昼間の証言の信憑性を考えてみると,そんなに人員を割けるものではない。しかし万が一ということもあり,取りあえず星野と棚丘が張り込みを続けている。
「全く,あの男にはしてやられましたね」
「…そうだな。こんなところに逃げ込むところがあるとは…」
夜闇に浮かび上がる屋敷は,外観は少し古い感じの木造建築である。正面玄関は重そうな木の扉,恐らく内側には閂がしてあることだろう。家の周囲には屋敷には付き物の,高い塀がある。そのため,中の様子は全く分からない。今の段階で警察側に出来ることと言えば,玄関から出てくる人物を逐一確認することである。証言を確認するためにあの家に質問しに行くという手もあるのだが,もし実際に寺岡がいて,家族が寺岡にそのことを言ってしまうと警戒されてしまう。ま,それはそれで動きがあるのかも知れないが。
「…寺岡のつては全て押さえたと思ったが…意外な抜け道だな」
星野は助手席のドアを開けてタバコに火を付ける。
「ええ…実家の藤堂家とは本当に勘当されていたし,親戚もいないようだったので,てっきり海外逃亡でもするのかと思いましたよ」
立派な門構えの表札には,安藤と記されている。どういういきさつで知り合ったのかは今のところ分からないが,ちょっとした知り合いだそうだ。
「ま,下手に実家に帰るよりは安全だな」
「勘当されてますからね,何しろ。親でもいようものなら通報されかねませんから」
「全くだな」
と,予想していたのと違う人物からの急な返答に,棚丘は驚いて運転席の外を見る。
「藤井さん!」
「警察も大変ですね,星野さん」
藤井は車を覗き込んで言った。
「全くだ…と愚痴っていてもしようがない。藤井君,良ければ後ろに入ってくれて構わない」
「それじゃ,少しおじゃまします」