前回 次回


 

───PM9:21。

「そろそろかな」

2人は柿原駅に来ていた。昼間話した通り,ストーカーらしき人物を誘いだして早くこの事件を解決する策に出たのだ。取りあえず聖志はグロックを腰の後ろに装備している。恐らく使うことはないだろうが,念には念を。

「じゃ,そういう手筈で行くから」

「分かった」

駅構内は,帰宅ラッシュもそろそろ終わろうかという頃合い。まだ駅から出る人は少ないとは言えないが,まばらになってきている。ちょうどいいタイミングを見計らって彼女が自宅に向かって歩き出した。

駅から自宅までの道は,昼間案内されたので覚えている。当然昼間と夜の雰囲気の違いはあるが,予想していたよりも明るく,見通しがいい。

───少しまずいな。

これは尾行にとってもストーカーにとってもあまりいい条件ではない。

彼女は聖志の前約90mを歩いている。それを見失わないように駅を出てマンションの方向に歩きだす。駅を出て数10mはまばらにスーツ姿のサラリーマン数名がそのマンションの方向へ歩いている。恐らく同じマンションの住人だろう。さすがに聖志が観察力が優れているとはいえ,夜の暗がりはどうにもならない。5分おきに通る電車の明かりで一時的に周辺が明るくなるのを頼りに見分ける。…しかし…。

3分経過。

彼女には比較的遅く歩いて貰っているつもりだが,ぐんぐんマンションが迫ってくる。疎(まば)らに歩いていたサラリーマン達はぱらぱらと姿を消し,聖志と彼女の間に歩いているのは2人になっていた。

───今日は出ないか…?

しかし,今日に限って出ないというのはおかしい。彼女の話では,最近いつもつけられていると言っていたはずだ。

だが…よく考えてみると,この駅からあのマンションまで徒歩5分。実際に,夜この道を歩いてみると彼女の自宅は本当に目と鼻の先なので,ストーカーがつくような距離はない。その間にストーカーがついているとよく見破った彼女も彼女だが,敵もこの条件は看破し得る自信のあった腕の持ち主なのだろう…ストーカーに腕がどうこうと言うのも変な話だが。

だが実際にこの距離で彼女をターゲットに入れるならば,今聖志がつけているぐらいの距離でないと相手に見つかり,尚かつこれ以上離れると相手を見失う。

───まさかな…。

聖志は彼女の証言に疑問を抱いた。以前に木塚の偽証があっただけに,そういう考えが浮かんでくるのだろうか。今回,彼女が聖志に依頼をした目的が,聖志をあの事件から目を逸らすためだとしたら? しかし,それでは彼女の動機が分からない。しかもそれは依頼当初にも考えられたことだ。この依頼を聖志が受けたのはそれなりに理由があるのだが,その理由は漠然としすぎて言葉に出来ない。強いて言えば,彼の勘がそうさせたのだ。

そう考えながらも彼女を追う。

…とうとう無事に彼女のマンション前に到着してしまった。

彼女はマンションに入り,エレベーターのボタンを押す。

「…出なかったみたいね」

「ああ」

「…でも,昨日もその前も確かにつけられてた。一昨日はわざわざ一つ向こうの棟を迂回して帰ってきたし」

彼女はやはり自信を持って言い,エレベーターに乗る。

「…それで,部屋の中でも見られている感じがあるのか?」

「ある。でもそれはあたしがふと気付いたときなんだけど」

「…そうか」

そう話していると,彼女の部屋に着く。

時計を見ると午後10時。彼は1日あれば解決すると考えていたが,後2時間でその考えは間違っていたことになる。

「…喉乾いたでしょ。何か用意するけど」

彼女は帰ってくるなりそう言った。恐らく自分がそうしたいのだろう,聖志はおまけだ。

リビングのテーブルに置かれたのは一本のスポーツドリンク。

彼女はテーブルに着くなり,窓側にあるテレビのスイッチを入れる。こっちの部屋はベランダがないようだ。

「でも,どうして今日に限って出なかったの?」

「…知るか。逆にこっちが知りたい」

考えようによっては聖志がストーカーであるというものが浮かんでくる。もちろんそれはないが,被害者は藤堂である。何を考えるか分からないのだ。

「もしかして」

「ん?」

「実はあんたがストーカーだった,なんてことはないでしょうね」

「…俺がわざわざ昨日,病院を抜け出して君の後を付けたのか?」

「可能性もあるってこと」

「…ま,可能性としては考えられるな。しかしそうなると,君は今自分の手でストーカーを自宅に入れていることになるな」

「そんなの絶対やだな…」

と,彼女が力一杯嫌がったときだった。

ガシュッ!!

───!!

「あ…!!」

彼女の左手にあったスポーツドリンクの缶の下の方に穴があいている。当然そこからは中に入っていたはずのドリンクが漏れている。

「な…何,今の!?」

聖志はとっさに彼女を向こう側に突き飛ばした。と,その後すぐに連続して,

バスッ! ガスッ!

数発の銃弾が彼女の背後にあったソファに撃ち込まれた。

───外か!?

「おい,伏せてろよ」

聖志は突き飛ばした方の壁にへばりついている彼女にそう言って,腰の後ろからグロックを抜き,鞄からバレル[i]を出して取り付ける。聖志は窓のすぐ下まで行くと,慎重に窓の外を見る。

どうやら向かい側のビルの屋上からスナイパーライフルで狙撃するつもりだったらしい。しかも相手はまだしつこく隙を狙っている。

───1発ぶち込むか。

聖志は取りあえず向こうの隙をうかがうと,さっきの銃弾のせいで開いた穴から奴を狙う。

バスッ!

サイレンサーで大方の音は隠れる。

「ぐっ!」

相手を殺さないように右腕を狙って撃った。

向こうも予想外だったようで,ビルの上で痛みをこらえているようだ。

───今のうちに奴を押さえれるな。

そう考えた彼は,少し不安がっている彼女をおいて隣のビルへ行く。

駅前通に出てからさっき犯人がいたであろうビルの下まで来る。取りあえず上に上らなければならないが,当然鍵は掛かっている。

───どうするか…?

しかし,犯人が上にいたということは,当然奴が上ったところがあるだろう。聖志は辺りを見回す…と,植木の陰に階段が。恐らく中からの非常階段だろう。迷わずそこによじ登り,階段の中に入って駆け上がった。

 



[i] 命中精度を高めるために銃身をより長くするもの。