───PM3:00,柿原駅。
柿原駅は聖志の住んでいる地元の東高崎駅から高崎市方面へ2つ目の駅である。地理的には東高崎市に入っているが市の中心から離れている。ちょうど隣の高崎市との境目に当たる。
この辺りは最近開けてきたばかりで,4年前に柿原駅が出来てから急展開を見せた。高崎市からの近郊住宅地としてでばかりでなく,ここに支社を置く企業も出てきている。
彼女が住んでいるというマンションは駅から徒歩5分,コンビニ近く,というかなり条件のいい場所である。駅から線路沿いに歩くとマンションが林立しており,全部で8棟。2棟ずつ4ブロックになっており,全て線路と同じく北西の方角に面している。棟の間には2本のアスファルトの道路が走り,その間には誰が管理しているのか,植林がなされている。しっかりと手入れが行き届いていることから,この辺りの地価が伺える。
彼女の住まいはその中の2号棟の4階である。藤堂はマンションの入口のポストから郵便物を持ってエレベーターに乗り込む。
「…いいところに住んでるな」
「少なくともあんたのところよりはね」
4階に到着する。エレベーターはマンションのちょうど真ん中にあり,各階には8部屋ある。藤堂は401,つまり4階の西の端に住んでいる。
鍵を開ける。
「どうぞ,上がって。散らかってるけど」
「失礼しよう」
玄関を入るとまずキッチンに入り,その奥にリビングがある。
───しかし…。
本人が散らかっていると言っていたのでそれなりの覚悟はしていたが,現状はそれを上回る状態だった。雑誌やら食べかけスナックの袋やら鞄,挙げ句の果てには下着なども隅っこの方にあり,床はかなり酷い散らかりよう。中央に置かれている丸いテーブルの上には彼女の趣味だろうか,CDやMD,本やジュースの空き缶などが一杯に置かれている。部屋の元の姿が分からないくらいに散らかっていて,まさに「足の踏み場のない」状態だ。
「あれ? こんな散らかってたかな?」
彼女はそう言って部屋を見た。これだけ散らかっていても自分で気付かないとは…。
「悪いんだけどそっちの部屋に行っててくれない? 片付けるから」
彼女の指の差す先には隣の部屋へのドアがあった。聖志は大人しくそれに従った。
その部屋はさっきの部屋とは対照的にきちんと整頓された寝室だった。広さは4畳程度,柔らかい色の絨毯が敷かれ,ベッドと大きな洋服ダンスが置かれている。ベッドの頭の方には窓があり,そこからはマンションの向こう側にある商業ビルの屋上が見える。
───ん?
ベッドの頭の方にある照明の台には彼女と,もう一人男が写っている写真が立てかけてあった。順当に考えれば彼氏と考えるのだろうが,写っているのが何やら役所の中のような場所で,何かよそよそしさが漂っている。気のせいか,彼女が悲しげな表情をしているような気がする。
───勘当したという兄貴か?
何故勘当されたかは彼女からは聞いていないし聞こうとも思わないが,情報として知っておいた方がいいだろう。ひょんなことから何かが分かるかも知れない。
次に聖志は窓の外を見てみる。マンションと向こう側の商業ビルとの間は約25mほど離れている。ビルの屋上はマンションの4階と比べて約5mほど高い。ビルのこちら側に窓はほとんどなく,あるのはトイレの小さな窓ぐらい。灰色の壁を見てもどうやらこのビルは最近建てられたものではなく,築30年は経っていると思われる。
彼女はストーカーにつけられていると言っていた。確かに夜の道を彼女が一人で歩いていればそんなことがあってもおかしくはないが,部屋の中にいても誰かに見られている感じがすると言っていたことから,マンションと同じ高さの建物の中から誰かに監視,もしくはそれに類することをされている可能性があると考えたのだ。だが,恐らく夜中は彼女も窓のカーテンを閉めるだろうし,当然寝るときには明かりも消すだろう。それなのにどうして彼女はそんな感じを受けるのか,いささか疑問だ。
と考えていると,彼女が入ってきた。
「もういいよ。片付けたから」
聖志は頷く。と同時に,
「これは誰?」
ベッドに立てかけてあった写真を指さす。
「…それって,この依頼に関係あるの?」
「ないではない」
少し不審そうな表情を聖志に向けるが,彼の言葉に仕方なく答える。
「…兄貴。今はどこにいるか分からないけど」
───藤堂康広か…。
「…これ,借りてもいいか?」
「借りるって…?」
「コピーするだけ」
「…それならいいけど」
その写真を借りてリビングに戻る。さっきとはうって変わって綺麗に片付けられていた。普段からこうすればいいと思うのだが。
「少し疑問がわいたんだけど」
「何?」
彼女は丸いテーブルの側に座る。
「確か,夜も誰かに見られてる感じがするって言ってたな?」
「言ったけど」
「具体的にいつだ?」
「いつって…そんなに意識してるわけじゃないけど,気が付いたら窓の外の…ビル,あったでしょ。あの屋上辺りから視線を感じるの」
「寝てるときとか?」
「寝てるときは特にないんだけど…帰ってきてからとか,ちょっと起きたときなんかも」
───ストーカーと言うよりは,覗きに近いのか?
「普段道路を歩いているときは?」
「それも,ある。ないときもあるんだけど,ここ最近はずっと」
「…姿は見たことないか?」
「ちらっと見た限りでは…背は高い方だと思う。それ以外は…」
彼女は首を傾げた。
「では,実験するか」
「実験って…わざとストーカーを誘い出すの?」
「ああ。一番手っ取り早い」
彼女からしてみればいい響きではないが,これが一番逮捕できる確率が高いだろう。
「…嫌か?」
「ちょっと嫌」
テーブルに肘をついて言った。
「ちょっとなら問題ない。今夜決行しよう」
聖志は無理にそう決め,早期解決を狙った。