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───PM1:54。

東高崎駅に着くと駅前通で昼食を摂り,聖志の自宅に到着した。

「あんた確か中央学院の生徒でしょ? 近くていいじゃん」

「ああ,お陰で5分前まで寝てられる」

そんなことを言って玄関先のインターホンを押す。しばらくすると中でパタパタと音が鳴り,玄関の鍵が外される。

「お兄ちゃん? もういいの?」

玄関を開けて驚いた美樹の第一声がそれだった。

リビングで取りあえず彼女をもてなす。

「どうぞ」

美樹がアイスティーを目の前に置く。

「気を遣わなくていいわ。ありがとう」

彼女は微笑んでキッチンの方へ席を外した。

「…早速本題だけど」

「うん」

首からぶら下がっている包帯を取り去り,続けた。取りあえず右腕が動くのを確認すると,聖志はパソコン台の下にある引き出しから一枚の用紙を取り出し,それをテーブルの上に置く。

「これに今回の仕事依頼の内容を簡潔にまとめて書いてくれ」

用紙はB5サイズ,氏名・住所,年齢,生年月日,家族構成を書く欄がある。一見すると関係なさそうな項目もあるが,これはデータ照合のためだ。

彼女はペンを持つと,さらさらと各欄を埋めていった。先ほど尋ねたとき濁練(ごね)った両親の名前も書いているが,やはり父親の名前は書いていない。と,不意に彼女が顔を上げた。

「…あのさ」

「え?」

「勘当した家族はどうするの?」

「基本的には書かなくていいけど…書いた方がいい」

「そう」

「…出来れば変更前と後の両方」

「分かった」

と,再び彼女は用紙に向かった。

「悪いけど,埋まってないところはホントに分からないから」

彼女は出来上がった用紙を,パソコンに向かっている聖志の前に差し出した。

それを受け取ると,聖志は一通り目を通す。埋まってないのはさっき尋ねた父親の本名。その下には母親,そして兄弟だろうか,名前が書かれている。

「これは?」

聖志は母の欄の下に書かれた名前を指して尋ねる。

「…兄貴」

「兄妹がいるのか?」

「まあ…ね。今は家にいないだろうけど」

彼女は実家に住んでいない。つまり,実家の様子はあまり分からない。

勘当された兄貴。

彼女にしてみればあまりいい響きではないので,それ以上この話題は避けようとしたが…

「なんと読む?」

念のため彼は尋ねた。

「そのまま。ヤスヒロ」

「…藤堂康広………か」

聖志は呟いた。

……ヤスヒロ………藤堂康広?

───確か,寺岡も同じ名前だったような…。

そう考えると同時にパソコンのキーボードを叩く。

ディスプレイに表示されたのは間違いなく「寺岡康広」の文字だった。聖志は表に出さなかったが,内心かなり驚いていた。

「…変えた後の名前は分からないか?」

「……何回か聞いた気はするけど…忘れた」

「彼の仕事は?」

「…知らない」

「全く知らないのか?」

彼女はアイスティーを飲みながら頷いた。

「…分かった。じゃ,時間をとらせたな」

「もういいの?」

「ああ」

聖志はさっきの用紙をFAXで本部に転送する。

「…で,どうする?」

転送の完了を確認すると,聖志は彼女に尋ねた。

「何が?」

「この件の,調査方法」

「それはあんたが考えるんじゃないの?」

「…ストーカー調査と言っても,他人のプライベートまで護衛するわけにも行かないだろう。それはこちらが法に問われることになる。だから,調査依頼をした本人からその辺りを決めて貰うという手続きがいるわけだ」

「ふーん。じゃ,あたしがいいって言ったらあんたはどこへでも行けるわけね」

「ま,規定にはそう書いてある」

「それじゃ,あたしの家に来て」

彼女は間髪入れずにそう言った。その一言で彼は行かざるを得なくなった。

取りあえず一通りの荷物を鞄に詰める。

「ま,そんなわけなんだ」

「…そうなの。分かった。無理はしないでね」

美樹に一応話しておく。彼女は少し寂しそうだが,これも生活のためだ。

「ああ,時々連絡は入れるから」

病院から帰ってきたばかりなのにまた外出しなければならないとは聖志自身も思ってもみなかった。ま,仕事が来れば金が入り,功績も上がるのでいいことはいいが。