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───というわけで,JCS本社前。

問題の要所は高崎市内と,案外近くにあった。

この道路沿いはオフィス街になっており,中層ビルが建ち並んでいる。中でも真夏の太陽に照りつけられ黒光りするその建物は,周りの建物とは一線を画し,何とも言えない存在感を醸し出している。

聖志はJCSの駐車場に車を停める。

「開いてるのか?」

「多分な,高崎署の連中も来てるだろうし」

本社前には覆面パトカーのような車が数台停まっている。

2人は本社に入る。床は大理石,天井にはシャンデリアがある。さすが本社だけあって玄関ロビーは高級ホテル並に清潔に保たれている。正面には受付があり,その壁の上の方にはJCSのレリーフが飾られている。

掲示板で社長室を確認すると高速エレベーターに乗り,15階のボタンを押す。数秒後,浮遊感とともにエレベーターが止まり,ドアが開く。

廊下には警官がまばらにおり,問題の現場近くでは捜査官が色々と捜索している。

2人は取りあえずオフィスに入り,そこから簡易社長室へと赴く。

「あ,西原さんに藤井さん」

社長室に入って出会ったのは内田刑事だった。

「よう」

どうやら高崎署と鉢合わせしてしまったようだ。

「内田刑事,捜査の方はどうかな?」

藤井が尋ねる。

「ええ,そのことは星野警部から…」

そう言って彼は向こうにいる星野警部を呼んできた。どうやら高崎署の方にはJSDOの捜査開始の知らせは行っていないようだ。

「どうも」

軽く頭を下げる。

「捜査状況の方を,良ければ教えていただきたい」

聖志は本部長から送られてきた捜査許可証を見せてそう言った。

「分かりました」

高崎署はあれから木塚の偽証の方向に焦点を置き,その動機について徹底的に洗っているようだ。しかし焦点は偽証の線だが,他方では木塚の周辺と会社との関係を調べているらしい。

「ま,今回は提携捜査ではないが,結果的にはそうなるだろうな」

「そうですね,我々もそんなに情報があるわけではないので,1からの捜査になるでしょう」

「じゃ,こっちはこっちでやらせて貰う。またあとで」

「はい」

2人はオフィスを出て一旦会社の休憩室の方へ歩く。休憩室と言っても普通の部屋を喫煙室に変えただけの場所だが。

「…どう思う?」

聖志は藤井に尋ねる。

「ま,今回は向こうの方が先手だったからな。情報は俺達よりはあるんじゃないか」

「やはりそうか」

木塚の事件が発生してから警察に遅れること約1週間。登場人物の多さもさることながら,その情報が全くないのが痛い。

今回は本部長が警視総監から直接依頼を受けたので,この件については警察から任されたということにもなる。しかしこれで高崎署が黙っているはずがない。彼等にもプライドがある。だから警視総監もはっきりとは捜査停止命令を出していない。基本的にJSDOは捜査専門なので犯人を公表することはあまりない。JSDO規定では,犯人を発見しそれを警察へ引き渡すという役目を担っている,ということになっている。しかし警視総監が直々にJSDOに捜査依頼をしてきたということは,当然JSDOが犯人を検挙することになるわけだが,それはそれなりに事情があるからなのだろう。

「それで,聖志はどの辺りに焦点を絞った?」

「…そうだな。取りあえず人間関係だな」

と,そう言って聖志は思い出した。

「藤井,寺岡って名前を聞いたことは?」

「…ああ,俺もさっきまで調べてたところだ。詳しい人間関係は知らないが…ここの社員で,なんでも旧サテラシステムの社長代理の恋人だったらしい」

藤井はベンチに腰を下ろし,煙草に火を付ける。

「…そうだったのか」

「知ってたのか?」

「いや,俺もさっきまで調べてたんだけど,そのサテラシステム社長代理から300万の融資を受けているらしい」

「…そりゃまたえらい額だな。その社長代理の名前は?」

「確か,秋本千枝だったかな」

聖志がそう言うと,藤井はメモ帳にメモる。

「何と,飛島の姉だ」

「…それは知らなかったな。彼に姉がいたのか」

「俺もつい最近まで知らなかった。この間彼の家に行ったときに偶然会っただけだからな」

「会ったのか?」

「ああ。…参考までに,融資以外にも最近金回りがいいようだ」

「…じゃ,周辺を見てみる必要があるな」

30分後,ようやく警察がオフィスを離れ始めたので,社長室をちょっと覗き込んだ。

まだ部屋には2,3人捜査員が残っていたが,彼等は地位的に下の方なので特に気にする必要はない。聖志は取りあえず辺りを見回す。しかし,探すべき物が分からないので,部屋に置いてある物の状態を記憶することに徹した。あとで警視庁の情報バンクへ侵入する必要がありそうだ。

入口は窓側にあり,そこから部屋の中に入ると向かって右手に接客用のソファセット,その前には社長のデスク,彼が座るはずの椅子の後ろには何かの賞状と,同じく何かの飾りが置かれている。その左側には非常用の警報器がある。それは天井にもあった。部屋の奥にはガラス戸棚が置かれている。

「…そろそろ行くか」

「ああ」

取りあえず状況を把握した聖志は自宅に戻ることにした。まず木塚の証言を聞いておきたい。

「お前,警視庁のデータを調べるつもりなんだろ?」

「ああ」

「それなら今の時間はまずいんじゃないか?」

時計を見ると,PM3:54。

「…そうだな。学校へ行くか」

「それがいい」

聖志は納得して車をそっちへ走らせた。