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───8月19日。

「では,木塚雅子の借金の線を重点的に」

「了解」

池和刑事は全員にそう指示した。星野の意見を採り入れたのだ。

池和自身,もう一度彼女に色々質問してみたが,やはりおかしいところがあるのだ。それに,共犯とも言うべき森安英雄は全くと言っていいほど動機が見つからない。しかも彼には大概の場合にアリバイがある。それに加え,彼は木塚の行動を知らなかったとさえ言い出した。

もしこれで借金の線が消えてしまうと,木塚の逃げ場はない。

棚丘は木塚の周辺の人間から事情を聞くことにした。やはり付き合いの一番長い神崎直美を筆頭に,恋人の森安はもちろん会社の同僚からも話を聞いた。しかし,やはり木塚の借金の線は薄いようだった。

「内田さん,どうでした?」

彼女の会社へ来ていた彼等が地下駐車場で落ち合った。

「いや,まったく借金という言葉は出てきませんね。そちらはどうです?」

「借金という言葉が出てないのはこちらも同じですが,少し気になることが…」

棚丘はそう言って車を発進させた。

「気になることとは…?」

「ええ,会社の同僚の話では,ここ最近の彼女の様子が変だったと」

「…どういう風にです?」

「妙にこそこそしたり,たまにある飲み会にも参加しなかったりと…」

「…借金じゃないということは…」

「脅迫の線も出てきたな」

星野は声を潜めながら言った。

昼時を少し回った,とある料理屋。

「脅迫ですか」

「…可能性だけど」

「しかし,一体誰に…」

棚丘は一通り彼女の周辺を調べたが,全くそんな人物には当たらなかった。

「…もう少し,あの会社に探りを入れた方がいいようだな」

 

「…またか?」

「どうする?」

彼女も正直面倒なのだろう,声に張りがない。しかしここで面倒だと言わないのが彼女の特長であり,いいところでもある。

「…断る理由が見つからない」

聖志はわざと婉曲な言葉を言った。

「じゃあ,彼の家でね」

「…わかった」

またもや舞から連絡が入った。例の如く,飛島の家で名前だけの勉強会をするらしい。

───あいつも最近マメになったな…。

あの仕事が終わって以来,朝っぱらからする事もなかったので行くことにした。

かくて,飛島宅。

招待されたのはいつものメンバー。しかし森安がいない。

「奴はどうした?」

「用があるとかで断られたよ」

恐らく彼のことだ,面倒だと断ったのだろう。

そして飛島の自室に移動。今日もクーラーが効いた部屋で勉強道具を広げる。

「…あれ? 先輩の家ってパソコンなんかあったっけ?」

高倉が部屋の端に置かれたものを見て言った。

「ああ,この間買ったんだ。姉貴が珍しく買ってくれた」

「お姉さんがですか?」

「うん,インターネットをやりたいからって」

聖志にとっては特に珍しくもなかったが,他人が持っているのを見るのは初めてだ。

見ると,最新型マッキントッシュ。

───つまり,それなりの財力はあるのか。

「…ローンか?」

思わず電源を入れる聖志。

「ノンノン,一括だよ」

彼は指を立ててそれを左右に振る。

「いいなー,あたしも欲しい」

聖志は中に入っているソフトを一応確認。結構なものが入っている。ビジネス系ソフトはもちろん画像処理ソフトでは一番高価だと言われているイラストレーター,本当に使うつもりなのか,開発ソフトまで入っている。スペックも一番新しいもののようだ。

「…ざっと45万って所か?」

「おー,ぴったしじゃん。姉貴の奴,調子に乗ってデジカメも買うなんて言い出して」

「…デジカメって,写真をコンピュータで使えるようにする?」

舞がどこかで読んだような質問をする。

「ああ。プリクラなんかもプリンタで作れるぜ」

彼は自慢げにそう言った。

───よくもまあこれだけ一気に…。

「…姉貴の仕事は?」

「ん? …ああ,俺も実はよく知らないんだ」

聖志の質問に対して,彼は何か上の空の返事を返した。

その日は当然勉強などそっちのけ。高倉と舞がインターネットで遊びまくった。

───こいつら,人の家でよくもこれだけできるな。

さすがに葉麻はインターネットのことを知っているのか,遠慮して触ろうとしなかった。残念ながら学校の方ではインターネット接続は公開していないので,2人とも珍しがった。

 

───8月20日。

「…本当にですか?」

「そうだ。久遠さんからの依頼だ」

昼近く,いきなり本部長からの連絡があった。

「…あの人の依頼とあっては断るわけには行きませんね」

「その通りだ。それに,今回の事件は藤井捜査官が以前から積極的に動いているようだ」

彼は前から興味を示していたので,無理からぬことだろう。無論聖志も興味はあったが,無意味に規則を破るのは性に合わない。

「では,彼はどうします?」

「構わない。情報交換でも,協力でもすればいいだろう。では,頼んだぞ」

「はい」

───これで,本格的に動けるな。

つまり,規則に縛られることなく自由にこの事件について調べることが出来るのだ。

2日前に聞いた星野の話では,取りあえずテレビや新聞で言われているような流れである。ま,実際にそんなにスムーズにことが運んだとは思えないが。

これまでの事件の流れを整理すると,まず8月14日にJCS社内で木塚雅子殺害未遂事件が発生。次の日の8月15日,高崎署はJCS社長,葉麻隆文を事情聴取。しかし次の日にアリバイが発覚,彼は無事容疑が晴れた。8月17日,聖志が森安宅訪問中,偶然にも星野等が訪問してくる。あのときに森安英雄を事情聴取しに来たのだろう。しかし彼はいなかった。8月18日に高崎署は彼を事情聴取。その後木塚が出頭,自供する───とまあこういうことなのだ。だが聖志が知っているのはこれだけである。多少推測はしているが,確実なことはほとんどない。

───まず,個人情報の詳細を調査することか。

取りあえず当面の目標を立てた聖志は,早速パソコンに向かった。

JSDO個人データベースにアクセスし,まず問題の木塚雅子について調べる。

『本名:木塚雅子。30歳。学歴:市内高校を卒業後,立命館大学経済学部卒業。現在は日本コンピューターシステム株式会社社長秘書を務める。未婚』

と,あとは本人の住所,血液型,電話番号,身長,体重,スリーサイズが書かれている。

次に問題になっているのは葉麻隆文。しかしこれは前回の事件で散々調べたので聖志の頭にはデータが全て入っている。

その次は木塚の恋人である,森安英雄。友人の森安の兄に当たる。

『本名:森安英雄。29歳。学歴:私立高校を卒業後,経理系専修学校を卒業。現在は日本コンピューターシステム株式会社社員。親族:両親健在,弟1名。未婚』

特に新しい情報はない。聖志は序でに自分が知らなかった人物かつ興味を持った人物を調べることにした。

『本名:飛島千枝。結婚後,秋本千枝。32歳。学歴:県立高校在学中アメリカに留学。その後,ニューヨーク市立大学法学部卒業。現在はサテラシステム株式会社代表取締役社長代理。親族:両親健在,弟1名。備考1:夫の名前は秋本一樹。備考2:Secret Lebel3』

飛島の姉とは思えないほどかなり重役に就いている。あの金回りの良さも頷けないことはない。聖志はその次に,秋本一樹を調査する。

『本名:秋本一樹。35歳。2年前に結婚。学歴:高専卒業後,ニューヨーク市立大学法学部卒業。現在は高等裁判所裁判官。備考:妻の名前は飛島千枝』

一応そのデータをコピーする。

───ん?

よく見ると,飛島千枝の備考の欄にシークレットがある。シークレットレベル3なら,通常は大した情報はない。しかし,そう思いながらもやはりそれについて興味がわく。

聖志は特殊プログラムを介してシークレットの中味を覗く。

Secret Lebel3:元恋人の寺岡康広に融資300万あり。現行中』

───寺岡康広か…。

と,背後の電話が鳴った。聖志は取りあえず受話器を取りに立ち上がる。

「はい」

「俺だ。さっき本部長から連絡があってな,例の事件を調べろと」

「…お前にも言ったのか?」

「ああ」

藤井は前々からこの事件に関してかぎ回っていたようだから,本部長がその情報の多さに期待したのだろう。

「それでだな,今からJCSへ行こうかと思うんだけど,行くか?」

「場所はわかるのか?」

「ああ,それくらいなら俺が調べた」

「OK」