-------------------------------------- 前回はこちら

 

「見つかったか」

「ああ,かなり手の込んだ隠し場所があったのさ」

例の場所での会話。

「実はな,体育館の下にも階段があった。でも,ふたが開かないんだよな」

「鍵がかかってるのか」

「そうらしい」

藤井は煙草を靴でもみ消す。

「どうする? 今から潜り込むか?」

聖志は時計を見てそう尋ねた。

―――AM3:11。

「そうだな…面白い。古代の遺跡を見に行きますか」

「それなら,1時間半が限界だ。日の出が恐らくそれぐらいだ」

「…そうか。OK,片足だけでも入れておきたい」

それを聞いた聖志はニヤリと笑ったのだった。

 

「なるほど。ここなら誰の目にも付かないな」

「俺も,すんでの所で見逃すところだった」

「じゃ,行きますか」

藤井はそう言って,階段に足をかけた。彼の目は少年のように輝いている。

結構長い,真っ暗な階段を慎重に下りる。

階段はかなりしっかりできており,壊れる心配はないだろう。

「聖志,下に着いたぞ」

彼はしっかりと大地に着いたのを確認してから,ライトで周りを確認する。

目の前には,まるでSFに出てくるような観音開き型の金属製の扉があり,脇にはSFではお約束のカード解読器。上部にテンキー,下部にカードの差込口がある。

「聖志,これは何だ?」

「知るか」

唐突に尋ねられ,聖志はそう切り返した。

「どうやったら開くんだ?」

「…」

聖志はしばらく藤井の行動を見ながら考えた。

所有権は大嶋淳次にあるのに,入口が学校にあるのはどういう意味なのか。そもそもこの上に学校なんぞを作るメリットはあったのか。

―――学校を作ったのは大嶋淳次ではないのか…?

そうじゃなくなると,法が許さなくなる。建設するにしても,警察の方から差し止めが入るはずだ。

「聖志,どうした?」

ようやくあきらめたのか,藤井が聖志を振り返った。

「ここって,誰が建てたんだ?」

「学校か?」

「ああ」

「………誰だっけ。聞いてないぞ」

「ホントに聞いてないのか? 警察の情報は?」

「…ここに赴任するときに資料をもらったんだが…そんなのは載ってなかったな」

「そうか…」

「取りあえず出ないか?」

「ああ,そうだな」

そんなわけで,未知の世界を目の前にして,たった一枚の扉のせいで足を踏み入れることはできなかった。

「聖志,何とかあのドアを突破できないのか?」

「さあな。配線とかも全く見あたらなかったし,俺のパソコンじゃ無理だな。トレジャーハンターでも呼ばない限り」

「トレジャーハンターね…」

「知り合いにいないのか,そういう奴」

「いるか,そんなの」

そうこう言いながら,最初に入ってきた体育館裏の抜け道まで来た。

「ホントにどうしうようもないのか?」

藤井はバイクにキーを差し込んでそう言った。

「ああ,今のところは。強行突破するなら,レーザーカッター辺りで焼き切るしかない。あくまで,焼き切れればの話だが」

「しかしそれだと,器物破壊になるという訳か」

「そうだ」

「うーん…やっぱ,あの鍵を開けた方が,安全そうだな」

「ああ。もしくは,違う入口を発見するか」

「…もう少し時間がいるな」

「ふぅ,そのようだな」

聖志はそう言うと,藤井のバイクにまたがった。

「今日は眠くなるぞ。授業できるのか?」

「大丈夫だ,プリントをばらまくから」

藤井がバイクを発進させたのは,東の空が白み始めた頃だった。

 

―――6月24日。

「ふあぁぁぁぁ」

最初の授業から昼までの授業全て,全く頭に入っていない。

「西原君,相当眠いみたい」

隣の平本が言った。

「ああ」

「なにしてたの? テスト勉強?」

「テストって何の?」

まだ寝ぼけてそうな声で聞き返した。

「期末テストだけど…」

「そんなの,まだだろ」

「えっ,でももうすぐよ。7月の頭だったと思うけど…」

「なんてこった…」

聖志は,上げかけた頭を再び抱え込んだ。

朝4時半に眠ったと思ったら,一瞬で美樹に起こされた。たった3時間しか眠っていない。組織の行動の時はこれが普通なのだが,学校へ来ると,不思議なことに体が全く活動しないのだ。

―――PM12:32。

「聖志,早く学食へ行こうぜ」

向こうで飛島が叫んでいる。

「はいはい」

聖志はふらりと立ち上がる。

「西原君,大丈夫?」

「ああ」

平本の心配に,適当な相槌を打って廊下へ向かった。

いつものようにパンとジュースを買って体育館裾の階段へ向かう。

「聖志,よく来れたな」

いつものように藤井が隣に腰を下ろした。

「ああ,美樹のおかげさ」

「妹か」

「そう」

「面倒見がいいな,お前なんぞに」

「よく言うな,あんたも授業を放棄してただろ」

2時間目の化学の授業は,朝方の帰りに言ったように,プリントを配っただけなのだった。

「だってなー。眠いんだ」

「それは俺も同じ」

「何でだろうな,調査しているときは眠くなかったのに」

素朴な疑問を口にしつつ,ゆっくりと昼食を取る。

「…で,トレジャーハンターはいたか?」

聖志はまだ言う。

「あ? 昨日は部屋に着くとそのまま倒れた」

「やっぱりな。しかし,ホントに必要だな」

「じゃあ,刑務所のリストから探してみるか?」

藤井は冗談めいた顔をする。

「…犯罪者を野放しにするのはどうも気が引けるな…やっぱ,知り合いの奴はいないの?」

「んー…そうだな,今日探してみる」

「助かる」

本当のところ,聖志も藤井もそんな知り合いがいるとは互いに思っていないので,両者ともに,何か解決策はないかと考えているのだった。

「あ,言い忘れたことが」

藤井が唐突に声を上げた。

「ん?」

「昨日お前が聞いてた,学校の建設者」

「そういや聞いたっけ」

食事が終わった聖志は,その場に寝転ぶ。

「で,誰だった?」

「それが,遺跡の持ち主様」

「―――本人が建てたのか…んなわけないだろ」

納得しかけた聖志は体を起こして言った。

「だが,資料にはそう書いてあった」

「ま,名義だけだろ。陰で誰が何をやってるか分からないからな」

「…そうだな」

―――キーンコーン…

頭の上のスピーカーから,控えめのチャイムが聞こえた。

「そろそろ戻った方がいいな。じゃあ,またな」

そう言うと,聖志は藤井のいる体育館を去った。

 

「そのメンバーの職業を全て調べて欲しい」

「これを全部? 何をする気?」

「ちょっとばかり楽しいことをしたくてね,鍵川さん」

自宅での,電話口での会話。

聖志は知り合いの氏名を書いたリストをちょっと細工した電子メールで警視庁に送った。誰か一人でも,トレジャーハンター,またはそれに類する経験がある者に仕事を依頼するためだ。

「そうね…できないことはないけど,何をするかだけ言ってくれないと許可が取れないわ」

2週間ほど前に警視庁に行ったときに偶然出会った鍵川警視。

「許可って,鍵川さんが自分ですればいいことじゃないですか」

「あのね,わたしをなんだと思ってるの?」

「星野警部より偉い人」

「はずれてはないけど…。言いにくいことをするつもりなの?」

「分かった…じゃあ言うよ」

「…何?」

「近いうちにそのメンバーで寄り合いが…」

適当なことを言う聖志。

「あなたね,村の年寄りじゃないんだから」

「いいじゃんか,それぐらい」

聖志は強行作戦に出た。

「いい加減にしてよ,情報部のデータをわたしに盗ませる気?」

「鍵川さんだったらそれぐらいできるでしょ。俺の住所も知ってるくせに」

本来JSDOのメンバーの個人情報は警視庁といえどもアクセスできないのだが,彼女はその極秘情報を知っているのだ。JSDOの規定で,それは違法と見なされるのだ。

「あ,あれは,たまたま第3サーバーが故障して,それを直すときに偶然見つけただけで…!」

「さすが,天才ハッカー」

そう言いながら,聖志は情報部の第3サーバーとメモ帳にメモる。

警視庁の個人データは氏名,国籍,第1個人情報,第2個人情報に分かれている。住所や職業は,3番目の第1個人情報に当たる。しかし,聖志はこれを知らなかったのだ。

「違うって言ってるじゃないの!」

明らかに彼女は動揺している。

「分かったよ,もういいです。じゃ」

「あ,ちょっと!」

「なに?」

「こっちにメンバーの情報が来てるんだから,あなたが何をするか,すぐに分かるわよ」

「え? そんなメンバーの情報送りましたっけ?」

聖志は白々しくとぼける。

「何言ってるの…あ,あれ?」

「んじゃ,また」

かちゃ。

聖志は一方的に電話を切った。

―――ざまあみろ。

ちょっと細工した電子メールとは,20秒経つと自動的にそのファイル自身が削除されるようにプログラムしたものであった。

警視庁とJSDOは,行動の最終目的は完全に一致している。この事件の解決である。そのためには,双方とも協力を惜しまない,と言っている。

しかし法的な面から見ると,両者はとても提携できないような秘密主義を取っている。その中で情報を得るためには,こういう方法を採るのが一番手っ取り早いのだ。

―――さて,これからが大変だな。

時間を見るとPM11:29。

聖志の知人のリストなのでほとんどが学生だと思うが,実際にそんな職業でなくても良い。資格を持っているだけでも,かなり有用である。

ただ,警視庁の資料にいきなり正式名称の資格が載っているとは思えない。そういう資格の取得は裏世界で行われるため,情報が正確に伝わっていないのだ。しかし,そういう資格を受けたらしい,と言う情報は,非常に曖昧だがJSDO諜報部の方から伝わるのでチェックだけはしてある。

その詳細を調べる作業が今から始まるのだ。

聖志はコンピュータに向かい,精神を集中させた。

 

―――AM5:38。

もう既に,東の空が完全に明るくなっている。

聖志は時々止まりそうになる脳をブラックコーヒーで無理矢理動かし,ようやく302人分の245人まで調べた。しかし,未だ条件に合う人物はいない。

最初の1時間は警視庁の第3サーバーのハッキングに時間をとられ,そこから後始末,データの修正と,さすがに警視庁にちょっかいを出すとただではすまない。

何とかバレずにデータを得ると,そこからが本題の作業である。

―――所要時間約6時間。やってられないな…。

彼はすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干し,再度キーボードを叩く。

最初に氏名を確認し,JSDOの個人データと警視庁のデータを照合し,合致したものだけを職業の調査へ回す。そして,その学校の詳細と教育内容を調べる。ここで引っかかったものを別に分けておき,JSDOの最高機密データを調査する。これを今までいやというほど繰り返したのだ。簡単なプログラムを組めば良かったのだろうが,学校内容が不明な所が多いので,無理があると判断したのだ。

もしここで見つからなければ,本当に刑務所の罪人をあの場所に連れていかなければならないかもしれない。そのためにはまず裁判所に申し出て,許可を得てからでないと実行できない。最高裁は何かとうるさいので,聖志としてはそれは避けて通りたいところでもある。

―――繰り返すこと30回。

「…あった」

ついに,トレジャーハンターに一番近いであろう人物,第1号が発見された。

住所不定,職業不明,第1種危険物取扱資格,大型車両運転免許,船舶運転免許,小銃取扱可能免許。情報処理第1種。

これだけあれば,なんとかなりそうだ。

早速JSDOのシークレットデータを参照する。100桁に及ぶパスワードを入れ,ようやくファイルが開かれた。

―――氏名:中槻政彦。氏名は偽名の可能性あり。性別:男性。裏組織JHSに所属している可能性あり。

苦労してデータを参照すると,たったこれだけの情報が出てきた。だが,決定的な情報がある。

JHS―――ジュエリーハンターズ。諸外国人たちの,トレジャーハンターチームである。構成メンバーは軍事関係に対してもプロ級の腕を持っており,その世界ではかなりの名を馳せているらしい。但し,その情報はかなりの諜報機関でないと入手困難である。

―――どうにかして連絡を取らねば。

頼みの綱がやっと見つかったのだ,これを見逃す手はない。しかし,どうやって連絡を取るか…。

取りあえず情報をコピーし,メモ帳にメモる。

―――JHSを知っている奴なんていないしな…。

と,寝室の方で音がした。

時計を見ると,ちょうど6時。

「…おはよう,お兄ちゃん」

美樹が起きてきた。

「もう少し時間があるんだから,寝てればいいのに」

「なんか目が覚めちゃって。…お兄ちゃんは? いつ起きたの?」

目を擦りながら彼女は言った。

「あ,昨日から」

「…え,寝てないんじゃ…?」

「そうとも言うかな」

聖志がそう言うと,美樹は少し苦笑いした。

「ちゃんと寝ないとダメだよ,今日も学校なんでしょ?」

「心配するな,行くから」

「そうじゃなくて…」

「それよか,早く顔洗ってこい。美人が台無しだ」

「もう,お兄ちゃん」

彼女は照れ隠しに微笑んだ。

―――ホントに,母さんに似てるな。

 


-------------------------------------- 続きはこちら