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―――PM7:20。

美樹との夕食をすませた聖志は,早速パソコンの電源を入れた。

さっき星野警部が送ってくれた情報を見る。

 

『―――6月23日。前北靖子の友人,大嶋水穂を訪ねる。次は,その結果報告である。

前北靖子が殺害された6月22日の,大嶋水穂の行動内容。

6:05起床。

7:02出勤。

7:17宇部駅到着。

7:22発高崎行き快速に乗り込む。

8:04東高崎駅到着。

8:12高崎市立中央学院高等学校に到着。職員会議に出席。

16:20最終授業終了,職員会議に出席。

18:04東高崎駅到着。

18:09発天崎行き快速に乗り込む。

18:54宇部駅到着。

19:11帰宅。

24:06就寝。

以上。

列車搭乗時刻はJR東高崎及び宇部駅データにより,証明されている。

帰宅前と帰宅後のアリバイは,彼女の父親,大嶋淳次によって証明されている。

推論としては,彼女は犯人にはなり得ない。

 

補足として,彼女の実父,大嶋淳次氏のデータを記載する。

大嶋淳次:1921年5月22日生まれ。76歳。高崎市立考古学研究所所長。聞くところによると,中央学院の地下の所有権を持っている。肺ガンを患っており,近々娘である水穂に,その地下の所有権を更新する予定だ。その土地がどれほどの価値を有するかを尋ねたが,沈黙を守った。娘である水穂も,このことに関しては分からないようである。

これまではあの教会の事件以来,学校に警察が介入するのを恐れてか,あまり大嶋に手を付けられずにいたが,教師が3人も逮捕されるとそろそろ犯人側も直接大嶋水穂を狙う危険性が出てきた。彼女に事実を話し,ガードを付けるのが得策と考えられる』

 

―――ほほう。学校の下の土地をね…。

彼はそれを読み終えて,一息付いた。

聖志は事前に情報を得ている。確かに,学校が建つ以前には古代遺跡のあとがあったらしい。しかし,調査もせずに学校が建てられた。考古学研究所もそれを黙認したらしい。

しかし,肝心の前北靖子殺害の情報は全くない。

―――星野が言ってたのはこういうことか。

結局,友人は友人であったということだ。

そうなると,犯人は少しばかり限定されてくる。友人の大嶋水穂と中央学院広報部がシロとなると,これに関係してくるのは学校関係者と夫の長瀬和義である。

大嶋を呼びだした教師。偶然か否か,事件当日に出張していた長瀬。まだ複雑に絡み合った糸は解けそうにない。

 

いつも通り,学校の見える坂を下る。聖志は無意識に学校の方を見た。月明かりに照らされた校舎は,いつもとは違った輝きを放っている。

学校の敷地面積はおよそ4万m,総額約460億円。それだけでなく,基礎工事に170億円を掛けている。

聖志はジャケットの脇を触り,グロックを確認する。防弾チョッキも装備済みだ。

あの情報を見たあと,藤井と連絡を取って学校地下への通路を探索することにした。警察はこういうことは不法侵入の上でやりにくい。よって,JSDOの出番となる。

不気味に黒光りする校門柵。聖志はその前を通り越して,体育館裏の通路を使う。以前,飛島と見つけた場所である。待ち合わせ場所である体育館の脇で時計を見る。

―――PM11:38。

そろそろ彼が現れてもいい頃だ。

―――しっかし,夜の学校か…。

昼間あれだけ騒がしい学校だが,誰もいない校舎は外観がかなり不気味である。しかし,聖志は思わず笑みがこぼれる。

 

中学生ならば,ちょうど初夏でもあるし,肝試しなんかを思いつく奴もいるだろう。飛島も例に漏れず,真っ先に思いついた奴である。

その当時同じクラスだった悪友と,飛島,女子数人が参加した。

しかし,こういうのは言い出しっぺが実は一番怖がったりするのが定番であり,彼もまたそういう奴だった。

事前に校門以外の入口を作っておき,そこから忍び込んで校舎内へと入る。昇降口に男女10人ばかりが集合した。ペアになって校舎を一回りし,飛島がその日の昼休みに理科室に置いたビー玉を取ってくるという,至極単純なルールでその肝試しは行われた。

もちろんセッティングした飛島は当時彼と一番仲の良かった女子とペアになり,昇降口に最後まで残ることとなった。

参加した聖志は少しワルの入った,妙に馬の合う生徒と一緒に行動した。

―――確か,石津美沙子だったか…。

田舎の中学には必ず3人はいる,髪を金色に染め,スカートを短くした女子である。授業はいつもさぼり,トイレで煙草を吸うという典型的な不良だった。しかし,美術の授業にだけは必ず出席していた。知り合ったきっかけは,その授業で相手の顔を描くという課題が出されたときだった。彼女が相手で,互いの顔を描いた。その差が歴然としていて聖志は素直に感動し,「お前,画家になれる」と言ったことを今でも覚えている。

彼女の夢が画家であったということもあって,それからの仲であった。ただ,互いに恋愛感情は微塵も感じず,ただの親友という関係だった。

彼等は飛島の前に校舎に入った。

「なんか,昼間と全然違う」

 「ああ。人がいるべきところに人がいないってのは…なんか,神秘的な感じがする」

 語彙力のなかった聖志は,素直な気持ちをできるだけ正確に表現するのに苦労していた。

 「…そう。そんな感じ。…幻想的,の方が良くない?」

 「あ,それだ」

 「聖志ってたまに間違うよね」

 「…悪いな,俺は成績が良くない」

 「そうだね」

 「少しは否定しろ」

 「事実じゃん」

 「…まあな」

 ずっと喋っていたので,怖さなど全く感じずに3階まで来た。が,理科室へ入ったとたん,石津が聖志の後ろに隠れる。

 やはり絵に描いたような理科室で,定番の身体模型はもちろん,頭蓋骨の説明図,色々な金属の実験道具,昆虫や魚類の標本が壁に掛けてある。

 聖志は机を見渡すが,全くビー玉らしき物は見つからない。仕方がないので,棚の引き出しや,標本の裏まで探しに探した…が。

 「おい」

 「え?」

 「どこにあるんだ?」

 それまで黙って聖志の行動を見ていた彼女に,彼が尋ねた。

 「知らない」

 「じゃあ,お前が探せ」

 何だかどうでも良くなってきた聖志は床に寝ころんだ。冷たい床が背中を冷やす。流し台の上の窓から見える月が,いつもより幻想的に見えた。

 「美沙,ここ,特等席だ」

 「え?」

 「ここに寝てみろ」

 言われるままに彼女は隣に寝転ぶ。

 「綺麗…」

と,聖志はこんなことをしている場合ではないと思い,たまたま目に付いた,流し台の中にあったビー玉をポケットに入れた。

彼女はまだ月に見入っている。

「行くか」

「もうちょっと待って」

「しゃーねーな」

暇になった聖志は,部屋の隅に置かれていた身体模型をドアの目の前に引きずって来る。ここへ来てから飛島が一番怖がっていたのは分かっていたのだ。

「あ,それいいね」

彼女はいきなり起きあがって聖志の悪乗りに乗ってくる。

ただ模型がドアの前にあるだけなのも芸がないので,ドアが開いた瞬間に標本の一つである,ムカデが落ちてくるように糸で細工する。

「…お前,よく頭が働くよな」

そして聖志達は昇降口へ戻った。

「遅かったな,怖かったのか?」

飛島は自分のカモフラージュであるつもりだろうが,声が多少震えているのが分かった。

「あ,ああ」

聖志は多少演技を交えてそう言った。

「気を付けてな。んじゃ」

そう言って飛島を見送ったあと,劇的瞬間を見ようと,全員を誘って非常階段から3階へ先回りした。理科室のドアを開けた飛島の,驚愕した顔が普段とあまりに違ったので,全員吹き出したことが今でも忘れられない。

「ふっ」

思い出し笑いをしてしまう。

―――あいつ,どうしてるんだろ。

中学3年の2学期に彼女は学校を辞めてしまった。どういう理由かは分からないが,親友だった彼にも事情を言わなかったのはよほどの理由があったのだろう。

それからというもの,夜の校舎と聞く度に思わずニヤリとしてしまう。

 

夜の冷たい風に現実に引きずり戻された聖志は,とっさに時計を見る。

AM0:02。

―――あいつ,来る気がないのか?

と,でかいバイクの音が近付いてきた。まるで暴走族である。

バロロォォン…

―――やっと行動できる。

「悪いな,出かけに手間取った」

「20分も遅刻とは,なかなかやるな」

聖志はそう言い放って,正面玄関へ向かおうとすると,

「聖志,正面はまずい。用務員室が近い」

「じゃあどっから?」

「こっちだ」

藤井が示したのは,体育館からの侵入だった。

当然のように合い鍵を取り出し,体育館の裏口を開ける。

体育館の舞台裾から出て,本館への廊下を足音をたてずに歩く。

「本当に,地下へ続く道があるのかな?」

藤井もあの文書を見たらしい。

「さあな。でも,確かめる価値はある」

「確かに」

廊下を抜けると,職員室や会議室が並んでいる東校舎へたどり着く。西校舎と東校舎をつなぐ渡り廊下には,中庭に出るための出入口がある。

藤井はまたもや合い鍵を取り出す。

「取りあえず,ここから行くか」

「そうだな。ちなみに,タイムリミットはあと5時間だな」

「5時間? 正門が開くのは7時なんだろ?」

「そうだけど,その前に用務員が見回りに来る可能性がある」

「なるほど。用心深いな」

「当然だ」

小声で話しながら,中庭に躍り出る。中庭は,総面積約100u。真ん中の煉瓦の道を挟んで,西側と東側に別れている。

西校舎がある西側には芝生が生息しており,今のところ立入禁止になっている。去年の9月に植えられ,それから生徒会がしっかりと飼育しているのだ。

南側は,少し背の高い木が林のように立っており,根本には雑草が茂っている。藤井はこの辺りに焦点を絞って捜索をするらしい。

「なんて定番なところだ…」

「いいから,早くした方がいいんだろ。文句言わずに探せ」

「はいはい」

それからというもの,2人はまるで草野球をしてボールをなくした少年のように,雑草をかき分けかき分け,マンホールに類するものがないか,くまなく探した。

―――1時間後。

「どうやらここじゃないらしいな」

藤井は立ち上がって,額の汗を拭った。夜とは言え,夏もそこまで迫っているので少々蒸し暑い。

「…もうちょっと早く気付いてくれ」

「じゃあ,手分けして探すか」

「…そうだな。藤井はどこを?」

ポケットから敷地内の地図を取り出す藤井。

「そうだな…体育館の辺りを重点的に」

「じゃ,俺は校舎内を探そう」

「OK。1時間後にまたここで会うことにしよう」

「分かった」

 

そういうわけで,校舎内を探すことになった聖志。

―――1階を探すか。

地下に続く通路は恐らく地面に一番近い1階である。ま,2階からしか行けない通路もあるかもしれないが,常識的に考えればこういう考えが浮かぶはずである。

西校舎の一番奥,位置的にも一番生徒の目に付かない,化学準備室から始めることにする。

ジャケットのポケットから,藤井から借りた合い鍵の束を取り出し,扉を開ける。

ハンドライトをつけて部屋を見回した聖志は,何か違和感を感じた。

―――何故だ? 入るのは初めてなんだが…。

だが,聖志は思い直して部屋に入った。念のために内側から鍵を掛けた。

準備室というと聞こえはいいが,要するに物置である。所狭しと色々な機材やら薬品が置かれ,妙に埃っぽい。

都合のいいことに,壁にひっついている棚の群には,一つを除いて全て車輪が付いていた。

―――力仕事は苦手だからな。

取りあえず聖志はその棚の群を順番に動かす。幸いこの部屋には窓がないので明かりを付け,床に這いつくばる。床の継ぎ目に特に気を付けながら,くまなく探す。

30分が過ぎた頃,聖志はようやく床を離れた。

―――ここじゃなかったのか…?

聖志は一息付いた。ここじゃないとすれば,一体どこなのだろう。まさか,通常教室にそんなものがあるとは思えない。

西校舎1階には通常教室以外に,この化学準備室と化学室があるだけだ。しかし化学室は生徒が出入りするし,掃除などで見つかる可能性も無視できない。対する東校舎は,職員室,会議室,来賓室,校長室,放送室,用務員室がある。だがこれも人の出入りが多く,しかも掃除当番も割り当てられている。ただ,一つ怪しい場所はあるにはある。

―――校長室か?

だが校長室といえども職員室とつながっているので,そんなものを設置するには不向きな場所と思われる。よってこの場所が一番怪しいと思っていたのだが…。

聖志は廃れた椅子に腰を下ろし,改めて部屋全体を見回した。

―――しかし,なんか引っかかるな…。

一番最初に感じた,違和感がある。

4方向の壁は全て薬品が入っている棚があり,地肌が見えない。天井は,年代を感じさせるヒビが入っており,蛍光灯が設置されている。床は取りあえず板張りのフローリングになっている。もし通路があるなら,どこかが外せたり,もしくは印となるものがあるはずなのだ。

時計を見ると,AM2:34。

聖志は無意識に,椅子の後ろの壁を叩いてみた。

堅い感触が聖志の手に伝わる。

―――そうだ,全部試してみるか。

元通りになおした薬品棚をもう一度壁から離し,全方位の壁を叩く。原始的な方法だが一番基礎的であり,基礎なればこそ的確なものである。

東側,北側は特に怪しくなかった。しかし。

―――軽いな…。

西側の壁の,北側3分の1が他に比べてに軽い音を返した。ちょうど一番背の高い薬品棚が置かれている場所である。しかもその一番背の高い棚にだけ,車輪が付いていない。

聖志は動かす前に,取りあえず薬品棚を開け,中を見る。

―――あれは…,ないか。

それだけが気掛かりだった。下手に動かすと部屋自体が吹っ飛んでしまう。

一安心した聖志は薬品に気を付けながら慎重にその棚を動かす。中におもりが入っているのか,かなりの重量である。

―――手の込んだことを…。

そう思いつつも,何とか聖志が入れる程度の隙間を作ることができた。

早速ライトを片手に壁を調べる。触った感じは全く不自然なところはない。が。

ぎぃ…

―――おおっ!

ぐっと体重を掛けると忍者屋敷でよく使われている,抜け道専用の壁だったことが判明した。

取りあえず向こう側の部屋を覗くと外灯の光が上の方から差し込んでいた。

―――これだったのか…。

聖志は少し感動を覚えた。さっきからの違和感は校舎の外から見たときは西側だけに窓があったのに,部屋に入ってみると窓がなかったからなのだった。

窓は分厚い針金入りガラスがはめてあるだけで鍵も見あたらず,当然開けることもできない。

そして,目線を床に落とすと…

―――あった。階下への階段だ。

それは,床に包み隠さずにその姿を晒していた。

部屋の大きさは,縦に2畳ちょうどぐらい。他に仕掛けはないようだ。

―――未知の世界への入口か。

 


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