飛行機〜道〜
雲海はどこまでも広く,白く,果てしなく続いている。
窓を開けて,そのまま雲の上を歩いて,走って,世界のどこまでも行ける気分。
子供の頃よく聞くおとぎ話…神様は雲の上にいる。別にそれを鵜呑みにして信じていたわけではないけど,それでも目で見て事実が分かると少々ガッカリする。死者は天に召される…それもよく聞く話だ。当たり前ながら雲の上に墓石はない。
天とは何か。天国…雲の上。高度10000フィートの高空。人間の叡知が手に入れた,広大な空。その広大さにしてそれを持て余している人間。自らの力で手に入れておきながら,手を加えられることなくそれを持て余す悔しさ。いやそれ以上に,人間という存在がこの自然界からすればそれだけちっぽけなものなのか。
その通り,少し高度を下げた窓から一望できる大陸。まるで地図…限りなくリアルな,だがしかし決して我々はこの本物の地図を使うことはできない。この文章はおかしい…本物をその縮小物に例えるなど,なんと人間は小さいのか。いや,自然が人間には巨大すぎるだけなのだ。
初めて乗り,初めての国に入る。それは自分の心を癒すため,健全な心を取り戻すためだった。だがその癒されるべき心は,既に健全な心に戻っていた。雄大な自然を小さい覗き窓からだが目に焼き付けたからだろうか。いや違う。
―――人間はちっぽけだと思えたから。
たかが一人間の心の病など,自然界においては何でもない。過去,未来永劫,この瞬間にも人間は生死を繰り返す。どんな人間にもこの輪廻を阻むことは叶わない。
不幸か幸か,人間はちっぽけだが頭脳という便利なものを手にしている。叶わぬ相手には喧嘩は売らない。大自然という巨大すぎる敵には喧嘩より共存。人間を乗せているこの人類の叡知――この物体ですら,広大な空を飛ぶことで必死なのだから。
そろそろ太陽が雲海の向こう側へ沈もうとしている。太陽もまた,地球もまた,宇宙もまた大自然の仲間。しかし,人間はその中に加われるのだろうか…そんな疑問が頭をよぎる。
―――仲間のはず。
だって人間も心を持っている。自分が自分であり続けるための,心。
窓を開けて,そのまま雲の上を歩いて,走って,世界のどこまでも行ける気分。
自分の道を生きよう。それが人間に余る自然の中にある,唯一確固たる私の生きる証。