迷子

 

 やっと来ました大型連休。働き詰めの毎日だったが…休みか。つー訳で,

 ドン!!

「どっか連れてケー」

このクソガキめ…。

いきなり俺の安眠を木っ端微塵に破壊したのは金髪のガキだ。

「こら…9時まで寝かせろってのに…」

「はーやーくー」

懲りずに俺の上でドンドンドンドンと跳ね回る健太。俺と里美の間にできた子だが,一体誰に似たのやら…。

「康雄,早くしなよー」

里美の声だ。…全く,言ってることが健太と同じだ。絶対母親似だ。

仕方なく俺は布団を剥ぐ。全く…出発まで1時間…もとい,3600秒もあるのに何をそんなに生き急いでるんだ。

まだ言うことを聞かない体を起こす。すると目の前に小憎たらしいはずのガキ。

「お前は里美の生き写しか?」

「お前のだよ」

ぺしっ

まだ寝ぼけ眼な俺に早速一発入れたのは汚い言葉を巧みに使い俺を操る,ゴマキ…似の金髪の妻。別にゴマキ…ってのはどうでもいいんだが,言いたかったのさ。要するに。あのときは顔の美しさに騙されて…ってのはただの言い訳に過ぎないが,俺が惚れて即入籍…というか,できた訳ね。こいつが。

「まあ顔はオレ似だけどな」

「いいところだけ持って行ったな」

「何か言ったか?」

「何にも」

確かにお前はいい顔してるさ。

それはもう素晴らしいくらいにできた顔。面積が小さいだけでなく,目,鼻,口の配置が絶妙。理想的な鋭い目,さらさらの髪,少し高い鼻…え,自慢はいいって?

「いいから早くしな」

だが,聞いて貰って分かるように多少…というか,かなり口が悪い。しかし当然ながら尻に敷かれてるので口答えはあまりいい事態を招かない。

ま,父親ってことで家族サービスはすべきだろう。人に見せれるギリギリの基準の服装に即席で着替え,里美の分の荷物を持って家を出る。

いつもの反対方向のホームから家族連れだらけの電車に乗り,揺られること約30分,この地方唯一のテーマパークに到着する。駅と遊園地が殆ど一体化しているため利用客は多い。

―――何回か来たな。

里美とのデートでもここへ来たことがある。あの頃とはかなり変わり映えしたが,その雰囲気はあの当時のままのものを残している。

「懐かしいな,康雄」

「そうだな」

少し平和な空気が流れる…

「何してんだよ,早く行こうぜ!」

「あ,待ちなよ!」

走り出す健太を追って里美が追い掛ける。

…不覚。

まあそんな健太も遊園地へ来れば当然はしゃぐわけだ。電車の中で言ってた,

「遊園地なんて子供の遊び場じゃん」

って言葉はまるっきり大当たりだったわけだ。

「一回りするか?」

俺が聞くと,

「もう遅い」

里美は小さくなった健太の背中を指差した。最初から最大傾斜80度・最高速度130qのジェットコースター,150mの逆バンジー,20rpm[1]の高速コーヒーカップ…何で速度ばっかり追い求めてるんだ,お前等。

健太と共にはしゃぐ里美とへとへとの俺。だが彼女等の笑顔を見ていると俺の苦労など大したことはない。多分,俺の感覚は正常だ。

「康雄,一休みするか」

ちょうどお昼時,珍しいことに彼女からそう言ってきた。

「そうしてくれると助かるぜ」

―――だが。

大行列のランチタイム。当然ながらすぐに店に入れるわけもなく待つこと30分。

「早くしろよコラァ!」

「そーだそーだー!!」

…こいつ等は…。

汚い言葉を吐く方が里美。黙ってれば俺が横にいたとしても男どもに声を掛けられるんだがな。

見かねた店員が予約券を里美に渡すと大喜び。

「康雄,あっち行こうぜ,早く!!」

―――全く。

暴走していった彼女を見ながらその店員に一応頭を下げる。愛想笑いしながら気にするなと言う店員。そして頭を上げた直後。

―――…。

ごった返す人混みに紛れた彼女を見つけ出すのは困難極まりないと一瞬で判断できた。だがここでのうのうと店に入るのも躊躇われたので,一応追い掛けることにした。最後に見たのは5秒前。恐らく向かったであろう方向に一人歩いていった。

30分後。

大型連休真っ只中の遊園地で一人で見つけられるわけもなかった。俺だって大人なんだし,どうすれば彼女たちを見つけられるかなんてすぐに分かる。しかしそれでも俺は嫌だった。

―――2年前と同じだ。

素直に管理センターへ行けばいいのだがその時も俺はそうしなかった。自分のモノは自分で探す。でないと俺の責務が果たせない。あのとき,彼女は俺のことなど目に入ってないのは知っていた。

以前から同じサークルだったがお互い殆ど参加しなかった。偶然参加した日が重なり,そして何と偶然同じ課題を与えられた。一目惚れだった。ぎこちないことこの上なかったが,それをきっかけに何とか交流を図れた。当然同じ課題を果たせればお互い嬉しいものである。次の日,ダメもとでコクった。性格上余り人付き合いはうまくなかった彼女なのは見て分かったが,俺も内気な性格から余り友人はいなかった。お互い惹かれ合うのが自然なように同棲した。

本性を見せた彼女は無防備そのもの。がさつで汚い口調,下着姿で部屋をうろうろし,タバコと酒は勿論,夜の方もそれはそれは…。

当然できた。

彼女はあんな性格なので俺を置いてけぼりにしていくのはハッキリ言っていつものことだ。俺のプロポーズを受け容れたのは信じがたい事実なのだが…大学4回生,就職間近というときだったから彼女も焦ったのかどうかわからない。が…彼女とてその時の返答が人生にどう影響するかは分かっていたはずだ。

「いてやるよ。しょうがないだろ」

少し視線を外し,照れながらそう言ってたのを覚えている。俺から言った以上俺は彼女といると誓っている。だから。

他人の喧噪や団らんなど無駄なものに思えてくる。俺はがむしゃらに彼女を求めた。そしてそれは,やはりあのときと同じだった。

 

「あいつは苦労知らずだね」

言い寄ってくる男どもはみんな容姿しか見ない。高校から分かってたこと。だから大学に入ってから自分は殆ど交流しなかった。どうしてもと言い寄る奴には金を要求した。ホイホイと金を出すバカども。奴等の頭は飾りだった。男なんて全員そうだと思っていた。…あいつに出会うまでは。

私は自分の本性をさらけ出してテストした。

まずは口調。だんだん崩していった。最初は彼も余り動じなかったが,さすがに素を出したときはかなり驚いたようだった。がさつな振りした。わざと下着で部屋をうろついた…他の男と違った。他の男は驚いていない。私のことなんてどうでもいいから。関心がないから,私が目の前から消えても何とも言わなかった。でもあいつは違う。

「どこ行ってたんだ!!」

「何やってんだ!!」

あいつは迫力なかったけど…気持ちが伝わった。かなり喧嘩した。嬉しかった。

観覧車の上から私は彼をずっと目で追っていた。

―――その姿が嬉しくて。切なくて。哀しくて。何より,愛しくて。

「どうしたのさ?」

「何でもない」

頬を伝うものを見て健太が私に対して無神経な言葉を掛けた。

「だからお前は康雄に似るほうがいいのさ」

健太がようやくあいつの姿を見つけた。

「何やってんだろうな,あれは」

ゴツン!

拳で頭を殴る。

「いってーなぁ,もう」

再び,私の目から伝わるものがあった。













[1] ラウンド・パー・ミニッツ=1秒間に回転する数