―――蛍の光,窓の雪。
「日本人はどうしてこんな悲しい歌を,卒業というめでたい日に唄うんだろう」
千穂が式の前に言った言葉。
この歌にまつわる蘊蓄には興味ないが,ただ彼女がそう言ったことだけは覚えてる。俺にとっては卒業式の音楽がこの曲であろうが西洋の音楽であろうが関係ない。
整然と並んだ卒業生。全員黒い服に身を包み,まるで機械人形のように並べられている。
「男性だけが行くなんて…不公平よ」
彼女はいつも口を開けばそう言っている。今さっきも言われたばかりだ。そして俺は,俺の務めだと諭す。
許可が出れば彼女は必ず付いてくるだろう。それだけはなんとしても避けなければならない。俺が上に感謝するただ唯一の点は,男性だけへの徴兵制度。彼女がこの地に残れば傷付く可能性は低くなる。
校長のくだらない話の合間,斜め2つ前を見ると彼女の後ろ姿。美しい艶のある長髪はいつも俺の心を癒してくれる。その笑顔は俺の苦悩を打ち砕き,すっきりと晴れやかな心を取り戻させてくれる。
―――やがて,その曲が流れる。
台湾のはても 樺太も
やしまのうちの守りなり
いたらん国にいくさをしく
つとめよわがせ つつがなく
この別れの歌は,旧友を偲ぶ歌だと言われる。俺は,彼女を偲んで死ぬのは真っ平だ。
昭和39年―――俺の人生の卒業式。
「何黄昏れてるんだか」
あの当時と同じ夕日の当たるベランダで,モノクロカラーのアルバムを閉じた。
彼女は,彼女にそっくりだ。俺があの日あの場所で見た姿を,この娘に見ることができる。
「そんなことしてるから,いっつも暗いって言われるんだよ」
「性分だ」
「ほらまたぁ」
彼女はあの笑顔で俺に不平を言ってのける。
「好きなだけ言うがいいさ」
彼女は彼女の生き写し…俺の贖罪。
―――千穂は…あの曲の意味を知っていたのだろうか。
生きてゆく人を偲ぶのは,俺の役目だったはずだ。
○あとがき
戦時下をイメージして書きました。後半は成長した主人公のエピソードです。どうなったか分かっていただければ,筆者の狙いはうまくいきましたw
またもや極短編になりました(汗。このお話は一応プロットを書いたのですが,出だしから違う方向へ行ってしまいました。主に千穂を持ってこようとしたのですが,いつの間にかこんなことに…。まあでもこれはこれで纏まった気がしているのでよしとしよう(汗。批判・ご意見は掲示板に書いてくれるとありがたいです。