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───AM11:00。

2人は病室に戻った。

「…よく見つけたな」

「ああ。昨日の晩に警視庁に侵入して情報を貰った」

そう言ってパソコンを藤井に見せる。

「……これじゃアリバイは完璧だな」

「ああ。それで,その場所から動かずに脅迫文を送るには,あの方法しかないというわけさ」

「なるほど。…秋本に脅迫され,犯行に及んだのか」

「…可能性は高いな」

元恋人の秋本から融資の件で迫られたのだろう。

「しかし元恋人も酷い奴だな…」

「…融資の見返りか」

「ま,金のある奴には勝てないだろうな」

藤井は遠い目をして言った。

秋本千枝は旧サテラシステム株式会社代表取締役社長代理という,表から見ると地位だけはトップに立っている。しかし,実権を握っているのはJCS社長の葉麻隆文である。以前の事件が解決してから社内整理し,サテラシステムを子会社として復興させたのだ。その取締役に適用されたのが秋本だった。

「…見返りに要求したものは,葉麻社長の命だったのか」

「ま,今までの行動を見る限りは」

聖志はパソコンを閉じて言った。

秋本が元恋人の寺岡に融資の見返りとして社長の命を要求し,寺岡が木塚に脅迫したのもそのためだったのだろう。木塚をターゲットに選んだのは,最も現社長に近い人物であり,そして何より森安英雄の存在を確認したからだ。森安は次期社長候補。現社長と森安を消せば現段階で社長候補はいなくなる。そこでサテラシステムを支える秋本がJCS社長を兼任する…となると思ったのだろうか。

「しかし,考えてみると秋本もよく分からないことをするな」

「ああ…社長の地位などほとんど目と鼻の先だし,それなりの給与も貰ってるはずだ」

「じゃ,次は秋本の動機の捜索か」

「同時に寺岡の居場所もだ」

彼等はそう結論付け,藤井は昼飯を食べに出ていった。

 

───本当に秋本は社長になりたかったのか?

さっき推論したのは聖志自身だが,何かが引っかかっている。

「西原さん,お昼です」

担当の看護婦が昼食を持ってきた。

「ああ,ありがとう」

「痛みはどうですか?」

彼女は食器をベッド上のテーブルに並べながら言った。

「少し引いたかな」

「よかった。後で包帯を変えますから」

笑顔で言って,彼女は部屋を出た。

それと入れ替わりに誰かが入ってきた。

「…お兄ちゃん,大丈夫?」

美樹が昨日宣言した通り来たようだ。

「ああ,痛みは引いてきたよ」

「それは何より」

と,仕切の向こうから男の声がする。

「…本部長ですか?」

「ああ。お食事中に失礼するよ」

カッターの袖をまくった本部長が現れた。

「今日は君を撃った犯人の情報を持ってきた」

「…ああ,すっかり忘れてた」

秋本のことで頭が一杯だった聖志は,自分がここにいる理由を作った奴の存在を忘れていた。

「恐らく使われた銃はドイツ製のルガーP08。大方ドイツの裏筋から手に入れたものだろう」

「ルガー…」

「日本でもあまりポピュラーではないから,その筋を洗えば近いうちに犯人は分かるだろう」

「そうですか…」

聖志には心当たりがあったが,敢えてそれは言わなかった。

「君が亡き者になってしまうとこちらとしてもかなり辛い。君のお父さんにも顔向けできないからな…っと,これは失礼」

本部長は美樹がいることを忘れていたようだ。

「話は変わりますが,こちらも寺岡の物証を手に入れました」

そう言って聖志は例のFDを出す。

「そうか,早いな」

「取りあえずこれで寺岡の居場所を突き止めれば…」

「…そうだな。これはありがたく預かっておこう。また疑問があれば連絡をくれたまえ」

「分かりました」

本部長はそう言って病室を出ていった。普段は自分の椅子からほとんど動かない本部長だが,ああやって動いてくれているところを見ると感謝の気持ちが沸いてくる。

───本当に中槻なのか?

基本的に彼の仕事は金儲けなので,少々のことは仕方ないとは思っていた。だが,自分の身が危険に晒されるとなると話が変わってくる。ともすれば聖志自身が彼を検挙しなければならないかも知れないのだ。ま,最終的に逮捕するのは警察だが。

───ま,金のためなら仕方ないと。

「…お兄ちゃん」

突然の言葉に顔を向けると,美樹が思い詰めた顔で言った。

具体的な,仕事の実状が分かるような情報を聞いたことで,彼女なりにこの仕事の危険さを理解したのだろうか。

「…辞めてとは言わないけど……死んじゃいやだよ…」

美樹は聖志の胸に顔を埋める。

「大丈夫,まだ死ぬつもりはないよ」

聖志は彼女の頭を撫でた。

美樹は本当は辞めてほしいのだろう。しかし,聖志はこの仕事に誇りを持っているし,何より親父のしたことを無駄にしたくないという気持ちがある。実際本部長がここまでしてくれるのも,やはり親父との関係があったからだろう。だから,辞めるわけには行かない。