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………ぴりりりりり…

遠くで目覚ましの音らしきものが聞こえる。倒れ込んだまま寝ている聖志には,聞こえるはずもない。夢の中で,微かに響いていただけだ―――と,聖志は飛び起きた。

―――7時16分…。

目覚めていきなり目にしたのは,デジタルクロック。午後7時を過ぎていたのだ。裕に6時間は寝ていたことになる。

聖志はまだ寝ている脳を叩き起こそうと頭を振る。と,不意に何か忘れている焦燥感に襲われた。とりあえずリビングに行き,無意識に電話を見る…

―――そうだ,電話が鳴ってたっけ。

受話器の隣にある留守電の赤色ランプが点滅している。彼は電気をつけるより先にそれを押す。

―――ぴー。

「もしもし,駅前派出所の高砂ですが,西原さんの住所を教えてくれと言う女性がいます。7時半までに連絡ください。もし連絡がないときは,もう一回連絡を入れますので。

ぴー。午後6時58分です」

高砂譲治巡査は29歳。去年駅前の派出所に配属され,2年目を迎える若手だ。

―――女って誰だ?

高砂巡査は,肝心の,彼女の名前を入れ忘れていた。

聖志はため息をつきながらも,仕方がないので電話することにした。

とるるるるるる…

待つこと9秒。

「はい」

「高砂か?」

「あ,西原さん。今から私が連れていきますので,少々お待ちください」

電話の向こうの彼は,ちょっと焦った口調でそう言った。

「待て,その人物の名前は?」

「あ,失礼しました。名前は神崎美樹,年齢は16歳。県立新宇部学園の生徒です」

「…え? もう一回名前を言ってくれ」

「神崎美樹です」

それを確認すると,聖志はハッと気がついた。

「彼女は…妹だ」

「へ!?」

 

―――ピンポーン。

玄関のドアを開ける聖志。

「西原さん,お連れしました」

「ああ,ご苦労様」

「では」

高砂は彼女に一礼すると,堅い音を響かせて廊下を去った。

……。

数秒の沈黙。

「…美樹……,久しぶりだな」

聖志は少し微笑んで言った。

彼女はポニーテールに纏めた髪を揺らして頭を上げた。10年ぶりに見る,実の妹の顔だった。

「…お兄ちゃん…」

そう言って微笑んだ。―――と思ったら,聖志の胸に飛び込んできた。咄嗟のことだったが体が反応した。

「…お兄ちゃん…ただいま…」

「お帰り,美樹」

彼は突然の再会に,感動を禁じ得なかった。

 

聖志の実妹,神崎美樹は新宇部学園1年の16歳。実兄の聖志と別れたのは10年前,両親が死んだときである。9年前に逝去した祖父に養子として,聖志は星野家に,美樹は神崎家にそれぞれ安住の地を求めることとなった。

聖志は知っての通り,星野家に7年間世話になった。星野家は生まれて間もない頃から,両親とともに知り合いだったので,すんなりと養子の件を引き受けてくれた。

美樹の方はと言うと,聖志の従姉妹に当たる,神崎直美が美樹を引き取ってくれた。最初に話が決まったのはこちらの方だったのだが,彼女はそのときまだ独り身だったので,聖志まで預かる余裕はなかったのだ。

兄妹で名字が違うのは,神崎直美が結婚したときに戸籍登録をしたからである。美樹は実の母に似て物静かで大人しい。ついでに体があまり丈夫でないという点までも実母を受け継いでいる。

現在彼女は星野家の地元である宇部にある新宇部学園の1年生である。この辺りの公立高校では結構名のある学校である。神崎家は宇部から電車で約2時間ほど離ており,ここからでは3時間を要する。

「来るなら来るで,連絡ぐらいくれれば俺が迎えに行ったのに」

聖志は温かいレモンティーを彼女の前にあるテーブルに置く。

「…うん,連絡したかったんだけど…お兄ちゃん,電話替えたの?」

「あ,電話番号言ってなかったか」

実際に聖志が電話番号を教えたのは,3回ほど前に住んでいたアパートの番号である。当然電話も場所も違うわけで,通じるはずはない。しかし,この市内からは動いていないので,彼女は来ることができたのだ。

「でも…」

「ん?」

「ホントに久しぶりだね,向かい合って話すのって」

美樹は少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「…そうだな。10年ぶりだしな…元気だったか?」

「うん…お兄ちゃんは?」

「見ての通り,五体満足さ。…それで,美樹はどうしてここへきたんだ?」

「あ…それなんだけど,わたし,新宇部学園の1年生なの」

「―――お前,凄いな」

素直な感想を述べると彼女は微笑んだ。

新宇部学園は,このあたりでは一番難関と言われている公立高校である。

「それで…」

美樹はテーブルに置かれたレモンティーを一口飲む。

「ここからの方が,距離が近い?」

「うん…ダメかな?」

彼女は申し訳なさそうに上目遣いで聖志を見る。

聖志は快く返事を返そうとしたが,一応言っておくことにした。

「俺的には全く構わない。むしろ嬉しい」

彼女は聖志をじっと見つめて,続きを待っている。

「とりあえず聞くけど…ほかに行く宛はないのか?」

「…うん」

彼女は力無く首を縦に振った。

「そうか…でも,ここは少々危険だ」

「え?」

意外な答えを聞いた彼女は,首を傾げた。

「なにが…危険なの?」

「お前には話しておいた方がいいかもしれないな」

聖志はデスクトップパソコンの横の棚から,紺色のJSDOの手帳を取り出した。

「とりあえず見てくれ」

そう言って美樹に手渡す。

受け取った手帳を,不思議そうに表紙をめくる。そこにはこう記されている。

―――日本極秘工作員派遣機関 本部所属1級捜査官 西原聖志―――

左には本人の写真が張り付けてあり,警察庁長官の宮島龍史の印鑑が捺印されている。当然のことだが,警察庁と国家保安委員会も承認している秘密機関である。

「お兄ちゃん…警察官なの?」

「んーちょっと違うけど…そんなもんかな。だから,個人的に俺に恨みを持つ奴が,たまーに遊びに来るのさ」

聖志はさらっと言った。

「遊びに?」

美樹は,比喩を真に受けてしまったようだ。

「早く言えば,俺に仕返しをしに来るってこと」

「そんな…」

美樹は,信じられない様子だ。

「でも,どうしてお兄ちゃんが警察官なの?」

「どうしてって…ただのバイトさ」

「バイトって…どうしてそんな危ないことするの? ほかにたくさんあるのに…」

「理由か? 時給がいいから」

「どれくらい?」

「換算すると…ウン万円ぐらいかな?」

「そんなに…?」

命を懸ける仕事なので,特にJSDOは高い。

「それに,親父がここへ入るといいと言っていた」

「お父さんが…?」

子供の頃にこの話を持ちかけられ,就職先がなかった場合に備えてか,10年前に逝去した父が宮島長官に話を付けて置いたそうだ。ま,長官に直々にそういう話を持ちかけられると言うことは,かなり高い地位についていたか,かなりの親友であったに違いないのだが,その辺りは誰からも聞いていない。

「ま,美樹が心配することは何もない。ここにいたいのならここにいてくれ」

「ありがとう…」

聖志は彼女が納得したのを見ると,彼女の右手からそっと手帳を抜き取った。

「但し,このことは他言無用」

「…誰に聞かれても?」

「ああ。…それはそうと,食事はしたのか?」

「あ,うん,まだ…なんだけど」

彼女は照れながらそう言った。

「OK,今から作るからちょっと待ってろ」

「あ,いいよ,わたしが作るから。台所は?」

「いいから,そこにいろ」

聖志は有無を言わさず彼女を押し戻すと,彼女は少し微笑んだ。

 

―――6月22日,AM0:00。

「美樹,明日は早いのか?」

「うん,7時半に家を出るの」

ここから新宇部学園までは快速で約40分かかるのだ。

「そうか,なら早く寝た方がいい」

聖志はいつものように使っていたパソコンの前から立ち,寝室へと案内する。

彼が6時間前に寝ていたベッドがある。頭のところには目覚ましがうっすらと埃をかぶって置かれている。

「目覚ましは自分で合わせてくれ。それと,朝御飯はどうする?」

彼女はベッドに浅く腰掛け,目覚ましをいじる。

「大丈夫,私が早く起きて作っておくから」

少し嬉しそうに彼女はそう言った。

「昼は学食で食べるのか?」

「ううん,お弁当だよ」

「…そんなに時間があるのか?」

「えーっと…,30分ぐらい。でも3食なら作れるよ」

おそらく彼女は料理に関しては結構な腕前を持っているのだろう。

―――30分か…。

聖志にしてみれば30分は時間の最小単位である。彼にとって30分の間に3食を作るのは,至難の業である。

「俺の分はいいから,その分ゆっくりしろ。朝は慌てるとろくなことがないからな」

「…ホントにいいの?」

「ああ」

そう言い残して,彼は寝室を出ようとする。

「あ,お兄ちゃん」

「え?」

彼はゆっくり振り返る。

「お兄ちゃんは…どこで寝るの?」

「うーん…今日は寝ないな。美樹が来るまで寝てたから」

「え,でも…」

「大丈夫。お前は安心して寝ろ」

一旦横になりかけた美樹は起きあがろうとするが,聖志がその薄い布団をかけ直す。

「…なんか,わたしってお兄ちゃんに迷惑かけっぱなしだね…」

「お前な,俺に気を遣ってどうする」

「でも…」

「デモもストもないの」

聖志が顔を近づけると,美樹は困った顔をした。

「それに,俺は今夜出かけるかもしれないからな」

「…どうして?」

「さっき言った,警察がらみさ」

「そうなの…気を付けてね」

「ああ。じゃあ,お休み」

彼女は浅く頷いた。

 

―――AM2:15。

とるるるる…

長瀬から拝借してきた資料を見ていた聖志は,予想通りの展開に少々驚いた。

「聖志か?」

やっぱり藤井だった。

「ああ。どうした?」

「前北靖子が殺られた」

「なに? 今どこだ?」

「自宅前だ。捜査員が20人ほど来てる。高崎署の星野警部もいる」

「OK,行こう」

聖志はそう答えるとすぐに受話器を戻し,静かに寝室へ入る。

ベッドの向こうのサイドボードに置いてある鍵付きの棚からグロックと防弾チョッキを取り出し,部屋を出る。

―――予想通り行き過ぎだな…。

自分の根拠のない予想が当たりすぎて,何だか不気味な予感がする彼。昨日の今日で,まるで図ったような殺人。

―――犯人は誰だ?

そんなことを考えながら自分の部屋に鍵をかけ,地下駐車場へと急ぐ。

緊急用に本部から借りた車に乗り込み,エンジンをかける。免許は取りあえず持っているので,法的にも合法だ。但し,取り方が合法ではない。つまり,聖志は17歳であるが,試験を受けているのだ。JSDOの配慮によって,本部で試験が行われたのだ。

―――ま,いいじゃん。取ってるんだし。

ここへ来てから実際に運転をするのはこれが2回目である。

しかし慣れたもので,マンションの地下駐車場を出ると,聖志は車を国道へ向かわせる。

電車で約1時間なのでおよそ30分で着くだろう,と予想しながら徐々にスピードを上げる。真夜中なので,国道はほとんどフリーなのだ。

 

「来たか」

予想より10分早く聖志は長瀬宅に着いた。ここまで時速120qで飛ばしてきたのだ。

「状況はどうなってる?」

「それなら星野さんに聞くといい」

藤井は青いシートで囲まれた家の方を指さして言った。

「分かった」

聖志は強烈な照明で照らされた青いシートの中へ入っていった。

昨日見た玄関をくぐり,死体発見現場のリビングへ入る。周りには,私服刑事が7,8人おり,鑑識が部屋のあちこちを調査している。

「あ,西原さん」

星野の補佐をしている棚丘良樹警部補が敬礼をする。

「久しぶりですね,棚丘さん」

「ええ,再会の場が現場とは,皮肉なもんですけどね」

「それはそうと,状況はどうなってる?」

「はい,被害者は前北靖子,26歳。高崎市立中央学院高校の教師です…って,ご存じですよね」

「まあな。で,他殺なんだな?」

聖志はほぼ確実な自信を持って言った。

「はい」

彼はそう言って,彼女の亡骸を見やった。

「状況から見て,恐らくベルトのようなもので絞殺されたのではないでしょうか」

棚丘は手帳を見ながらそう言った。聖志は,ベルトという具体的な道具が出てきたことが引っかかったが,そこは彼の関知するところではない。

「ほぼ確実だな」

そう言ったのは,先日顔を合わせた星野警部。

「第1発見者は?」

「隣の住人。回覧板を渡しに来たそうです。名前は霜入晶子。ごく普通の主婦のようです。」

星野警部は手帳を眺めて言った。

「そのとき,害者は死んでいたようだな」

「はい。しかしこの家に入ろうとしたとき,庭の方から人影らしきものが塀を登って道の方へ逃げた,と言う証言もあります」

「人影…か」

「しかしその情報だけでは,男女の区別も付きません。ましてや,人物を特定など…」

棚丘はごく当然のことを言った。

「警部!」

台所の方から入ってきた刑事が,星野を呼ぶ。この間,教会で行動をともにした内田刑事だ。

「台所にあった包丁から指紋が検出されました」

「包丁?」

「はい,標準的な料理包丁です」

それを聞くと,3人は台所に立った。

包丁は,どこの家庭にでもある普通の包丁である。刃の部分には,当然の如く血痕が付いている。

「恐らく,凶器に使われたものだと考えられます」

「え?」

聖志は,意外そうな声を上げた。

「だって,絞殺なんだろ? 何で包丁が凶器なんだ?」

「直接の死因は窒息ですが,間接的にこれも絡んでいるのでは,という見解です」

星野警部がそう言った。

「そっか…死体にその傷跡はあるのか?」

「はい,右腕にそれらしきものがあります」

棚丘が言った。

「ちょっと,その傷を見せてくれ」

聖志と星野は死体にかぶせてある布を少しずらす。

確かに,傷のある右腕を上にして,彼女は横たわっていた。

「浅いな」

「はい,証拠が残ることを恐れたのではないでしょうか…。死亡推定時刻は午後4時から午後9時までの5時間。発見されたのは午後7時40分です」

「なるほど。血痕と指紋は鑑識行きだな」

「そうですね」

「それと,夫の長瀬の行方は?」

「それがですね…おーい,棚丘」

彼は知らないのか,警部補を呼んだ。

「はい」

「夫の行方が知りたい」

「えーと…」

彼は手帳をぱらぱらめくっている。

「夫の長瀬和義は先日から会社の都合で中国へ行っています」

「先日って,いつ?」

「昨日です,正確に言えば6月21日の午後3時15分,家を出てます」

「ということは,彼のアリバイは完全だな」

「はい,会社,出国手続きともに確認済みです」

「では彼は白だな」

聖志は確信を持って言った。もちろん,星野も同様だ。

「じゃあ,一体誰が…」

棚丘が顎の無精ひげを触りながら疑問を誰に向かってでもなく投げかけた。

「それはあの包丁に付いている指紋が分かれば判明する。つまり,結果待ちだ」

星野警部は手帳を畳んでそう言った。

「じゃ,俺は俺で当たってみよう」

昨日まで話していた前北靖子の顔をもう一度見ると,聖志は立ち上がってそう言った。

「では,よろしくお願いします」

「ああ,じゃ」

聖志はそう答えると,そそくさと長瀬宅を出る。この玄関はこれで2度目だ。

「聖志,どうだ?」

「…まだわからん」

「そうか…ま,死体が出てしまえば,俺等はすることが少なくなるんだけどな」

「バカか,もっと忙しくなるぞ。これは単なる個人的な殺人じゃないし」

「…けっ,せっかく教師に専念できると思ってたのに」

藤井はマジなのか,ハッタリなのか分からない言葉を言って胸のポケットから煙草をつまみ出す。

聖志が何げに庭に目をやると,捜査員が約2,30人,あちこちを歩き回っている。いや,正確に言えば,犯人が逃げたと思われる箇所をだ。

聖志は興味をそそられて捜査員が集まっている方に向かう。あとから藤井もついてくる。

一戸建てがもう一軒建ちそうな敷地の庭は,大きな池と,ミニ森林と言うべきか,雑木林らしきものがある。

昨日昼間に来たときはそんなに詳しく見ていなかったのだが,改めて見ると,そこらのサラリーマンをバカにしているような広さ。それだけに,この広い庭のどこに証拠があるか分からないので捜査員も必死の形相だ。

「ホントに塀の上に土が付いているな…」

「ええ,正に証言通りです」

捜査員の一人が言った。

―――証言通り,ね。

はっきり言って証言などと言うものは,その人物を半信半疑にさせる材料でしかない。人間自体を完全に信用できるわけはないからだ。

「聖志,どっちが主で,どっちが従かな?」

左後ろで,同じところを見ながら藤井が呟いた。

「さあな,今のところは何とも」

「だと思った」

証言と事実の主従関係は,結構重要な鍵となる。事実があるからこその証言なのか,証言があるからこその事実なのかがはっきりしない。

分かりやすく言えば,この場合,隣の主婦が塀に付いている土を見て,犯人が道の方へ逃げたのだ,と思ったのか,逆に隣の主婦が嘘を付いていて,それを事実に仕立てるために塀の上に土を付けたのか,どちらかはっきりしないのだ。

「ま,その辺は星野に任せておくしかない。こっちはこっちの仕事があるし」

「そうだな」

彼は声を潜めて言った。

「ここに裏口はあるのか?」

「ええ,そこを真っ直ぐ行くとあります」

捜査員の言葉に従って離れの南側の壁と外壁の間を通り,庭の反対側へ出る。

家の裏側はそんなに広くない。普通の家庭と同じく,物干し竿があり,どちらが誰のものかは分からないが,バイクと自転車が置かれている。

裏口と思われる付近には,やはり捜査員数名が血眼になって,確固たる証拠を挙げようと努力している。

「これか…」

裏口を思わせるドアが,家の北側,つまり離れと対照的な方向にそれはあった。家の一部にも関わらず,ここだけ廃れた物置のような,やけに古めかしい印象がある。

「これ,家が完成してから慌てて取り付けたみたいだな」

「ああ…」

このドアだけ,鉄の分厚いドアになっている。まるで,巨大な冷蔵庫についているようなドアだ。窓は小さく上の方にだけ付いている。

「どこに通じてるんだっけ…?」

聖志はこの家の中を歩き回ったときの記憶をたどる。しかし…。

「こんなドア,知らんぞ。どこにあるんだ?」

「常識から言って,台所か,風呂場辺りじゃないのか?」

聖志は捜査員に許可を得ると,その分厚いドアを開けた。

中は真っ暗だが,小さな部屋になっていることが分かった。ログハウスのような木造の部屋で,恐らく家を建てたあとで追加したようだ。しかし,外観はこの家がある以前からあったような感じにカモフラージュされていた。

部屋の中は外観とは対照的に,コンピュータやら無線機やら,結構なものが所狭しと並べれている。部屋の大きさは6畳ほどで,窓はない。当然ながら全て電源はカットされ,文字通り物置と化している。

少々幼稚っぽいが,「秘密基地」と言う言葉が,聖志の頭をよぎった。

「よくもまあ,これだけ金をかけたな」

藤井は壁を叩きながらそう言った。

―――防音加工か…?

学校の音楽室のような,小さな穴の開いた壁だ。

「こんなところで楽器の練習なんかしてたのかな…」

聖志は率直な考えを述べた。

「まさか。それなら,なぜ外観をカモフラージュしたんだ?」

―――そうだ,忘れてた。

「じゃあ一体どういうことだ…?」

「さあな…その辺りは警察の方に任せるとして,そろそろ行かないか?」

藤井は眠そうな目をこすって言った。

「そうだな。明日は授業だしな」

そう言って2人はその部屋をあとにした。

―――しかし,前北はこの部屋の存在と利用法を知っていたのか?

今となってはその疑問は晴れることはない。死人に口なしとは,よく言ったものだ。

 


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